まえがき

   親愛なる子供たちへ

 前作の『オズのグリンダ』の冒頭で出版社がおはなししましたが、ボーム氏がこの世を去るときに、オズマ姫やドロシーやうるわしきオズの国のゆかいな仲間たちについての記録が残ったままだったことを覚えていますか。
 出版社ではこの記録を使って新しいオズの本を作ろうと思いました。そしてこの「オズの王室事典」が生まれました。
 小さい頃からオズのお話が好きだったというルース・プロマリー・トンプソンさんが、オズの人々の生活を新らしく本に書いてくださり、ボームも喜んでいるものができました。(私は王室付歴史記録係の妻なので、ボームの感じることが分かるのです。)
 さて今度のお話ですが、もちろん、みなさんはかかしが非常に立派な人であるということはすでに承知のことですが、まさか、彼が皇帝からさらに上がるとは思いもしなかったでしょ。我々のほとんどは祖先から下ってきます。しかし、かかしは本当に昇りつめました。
かかしはシルバー島で痛快な冒険をし、ドロシーと臆病ライオンはかかしを助けようとして別の冒険へ巻き込まれます。冒険の途中で「ポーク国のホークス卿」や「疑い深いヒトコブラクダ」、「気持ちのよいラクダ」に出会います。彼等はとても興味深い格好です。
 私たちが大好きなジョン・R・ニール氏(オズの王室付き画家)が絵を描いてくれました。
 ボームを好きで愛して下さったアメリカの子どもたちに、あなたに、愛をこめて
モウド・G・ボーム
オルコットにて
1921年春
Intro

1章: ムシノスケ教授の思いつき

「じつにすばらしい!」
ムシノスケ教授が跳びあがっていったものですから、金のインクをすっかりこぼしてしまいました。
「なかなかの思いつきだ!」

「お、お呼びですか?」
丸顔のマンチキンの若者がドアに顔を押しつけて、ムシノスケ教授をものものしい表情で見ていました。この青年はムシノスケ教授のいる芸術体育完全大学を苦労して卒業し、いまはこの有名なオズの教育者ウォグル・ムシノスケ教授に仕えていました。

 「いいや、呼んでなどいない!」
とムシノスケ教授は厳しい口調でいいました。
「おまえは取るに足らんよ。口をぽかんとあけとらんで私の帽子をもってきてくれ。私は授業を休んでエメラルドの都に出かける。それから私がいない間、生徒達がきちんと歴史錠剤を飲むように注意払ってくれたまえ。」
というと、ジフ青年が教授の頭の後から差し出した山高帽をポンとたたいてかぶりました。

 「わかりました!」
とマンチキンの青年は丁寧に答えました。それから
「どうか、ごゆっくり。」
といいたしましたが、この言葉を教授は聞いてはいませんでした。というのもすでに学舎の階段の半分を降りてしまっていたのです。


 「オズマ姫はこの思いつきを気にいるぞ。なんて私は頭がいいんだろう。」
ムシノスケ教授は触覚をクルクル回しながらそういうと、颯爽(さっそう)と青い道を歩いていきました。

 ムシノスケ教授の芸術体育完全大学はマンチキン国の南西部にあります。ムシノスケ教授はオズの国の中で一番大きな虫でしたし、おそらく他のどこにおいても一番大きな虫でしょう。教授は本のかわりに学習錠剤を飲むことで苦労せずに学べるように教育を変えたのでした。学生はラテン語、歴史、つづり方などあらゆる知識の錠剤をいとも簡単に喜んで飲み込むと、あとは運動でもしてすごせばよいのです。教授がオズの国でとても立派な人物と思われているのも不思議ではありませんし、教授自身もとても良いことを考えたと思っているのも無理はありませんでした。

 はりきって杖を振りながら、ムシノスケ教授はエメラルドの都につづく黄色いレンガの道を急ぎ歩いていきましたので、すっかり夜になるころにはオズの美しい宮殿につきました。

 オズはとても素晴らしい国で、誰も年をとりません。動物たちは人間と同じようにしゃべることができますし、毎日のように冒険がおきました。すべての妖精の世界のなかでもオズの国は一番楽しい場所で、そしてエメラルドの都はオズの国の中でもひときわ美しいところなのです。やわらかな緑の光が数マイルを照らし、宝石をつけた小塔と宮殿の屋根は星より明るく輝いていました。しかしこの美しさもムシノスケ教授にはいつものとるに足りない当たり前のことで、歩みを止めることなくオズマの宮殿へむかい、ただちに大広間にとおされました。

 笑い声やさざめきがムシノスケ教授の耳にきこえてきました。オズの美しい統治者オズマ姫がパーティをひらいていて、びっくりするような人達、つまりオズのなつかしい仲間たちがたくさん来ていました。

 ジャックはかぼちゃの頭をしっかりとかかえて木の足でできるだけ早く走っていましたが、足がグラグラするのでドロシーにつかまえられてしまいました。目隠し鬼ごっこゲームは最高潮に達していました。つぎはぎ娘のスクラップ、チクタク、かかし、ブリキの木樵り、透明なガラスでできた猫、臆病ライオン、オズの魔法使い、木びき台の馬、キャプテンビル、ベッツィ・ボビン、雌鶏のビリーナ、腹ぺこタイガー、みんなは目隠しされた少女から逃れようとあわてふためいていました。

 しかし、ドロシーはとてもすばっしっこいのです。さっとまわると上着の袖をつかみました。
「かかしさんね。」
といってドロシーは得意そうに笑いました。
「なぜならね、かかしさんはグシャってつぶれるもの!ほら、そうでしょ!」

 かかしは
「私はいつもグシャグシャです!」
といっておどけてみせました。それから
「ところで、博識な教授殿が遠慮して真中につったっていますよ!」
といいました。

 ムシノスケ教授はゲームを静かにそっと見ていたので、かかしが言うまで誰も教授に気づいていませんでした。

 「パーティにわりこむのは気がすすまないことなのですが。」
とムシノスケ教授はおずおずとオズマ姫の玉座に近づき
「しかしですね、私はまさにものすごく素敵なアイディアを持っていたのです。」
といいました。

 かかしは
「なんですと?また別のアイディアだって?」
と低い声でつぶやくと目を見開きました。

「どこで失くしてしまったの?」
かぼちゃ頭のジャックが心配そうに近寄ってきました。

 「失くしただって!失くしただなんていうやつはだれかね?」
ムシノスケ教授はジャックをにらみました。

 ジャックは
「だって君、さっき『持っていた』って言たからさ‥。」
と消え入りそうな声でいいました。かぼちゃ頭のジャックがきまり悪そうなのを見ていたオズマ姫は、ムシノスケ教授に説明をお願いしました。

 「よろこんで陛下。」
ムシノスケ教授は聴衆が輪になって落ち着くのをまつと話をはじめました。
「想像の世界のなかでもオズの国はもっとも面白くゆかいな国で、そこに暮らす人々はめずらしくそして才能にあふれています。私はこれらの人々全ての名前と由来を書いた王室事典を編集します。いわば私がオズの偉大な系譜学者創始者となるわけです。」

 これをきいたかかしは
「それがどうした。」
と小声でドロシーにささやきました。

 「それで」
といっていた教授はかかしにむかって顔をしかめましたが、
「オズマ姫のお許しがあるなら、ただちにとりかかろうと思います。」
とつづけていいました。

 「どうぞそうなさいませ。」
とかかしはいうと出口にむかって合図をし、
「それじゃあわれわれはパティーを続けよう!」
といいました。

 いろいろな布切や材料をれをつぎはぎしてつくられたパッチワーク娘のスクラップスは銀色のサスペンダーボタンの目でムシノスケ教授をみると跳ね起きました。


「系譜学者ってなにさ。

 だれもきいたことないよ

 頭の中なにつめてんのさ

 でていけ、もしくは、寝ちまいな。」

スクラップスは陽気に歌いましたが、オズマ姫が賛成しかねる表情だったので、後ろに倒れこみました。

「なんのことやらわからないや。」
とかぼちゃ頭のジャックは小さな声でいいました。
「私の頭が熟れすぎてしまったのか心配だな。」
と付け加えました。

 「私も、」
とチクタクが口を開きました。チクタクは銅でつくられた機械仕掛けの人なのです。そして
「あの、考えたたいので、ドロシーさん、ゼンマイねじをきつく巻いて下さい。」
といいました。

 ドロシーはチクタクの背中にかかっている鍵をとると、左脇あるゼンマイねじをまきました。みんながすぐに話し始めたものですから、臆病ライオンの低いうなり声とチクタクの甲高い声と残りのみんなのブリキやら動物やら木の声などがまざって滅茶苦茶になり話どころではありませんでました。

 オズマ姫は手をたたくと
「静粛に。」
といいました。

 すぐにあたりはしずまりかえり、あとはチクタクのからくり仕掛けがうなる音だけになりまた。

 「それではもう一度、ムシノスケ教授のお話を最初から聞きましょう。」
とオズマ姫はいいました。

 するとかかしが身を起しました。
「思うに陛下。」
と遠慮がちにかかし発言しはじめました。
「ムシノスケ教授に地理学をならった人なら誰でも、我々が誰かなんて知っていますし、それにですね・・・」

 「あなたが誰かですって?」
とムシノスケ教授は軽蔑しながら話に割って入ってきました。
「むろんあなたのいうとおりでしょうな。ですけれども私はね、あなたが誰だったかということを教えようと思うんですよ。」

 「私が誰だったかですって?」
かかしは悩ましげにうなり、綿の手袋でできた手で頭を押さえこみました。
「私が誰だったかだって?私が誰だった・・・・」

 「それが肝心なのです!」
とムシノスケ教授はいいました。
「あなたは誰だったんですか?あなたの先祖は誰だったのですか?あなたの家族はどこにいるのですか?あなたの家系図どこですか?なにからたどってきたのですかな?」

 かかしはこれらの質問全部にしどろもどろしてしまいました。そして最後の質問を何度も何度も自分に問い返しました。

 「なにからたどってきたのか?なにからたどってきたのか。そうだ、豆の棒からだ!」
とかかしはいいました。

 かかしがこう考えたのはもっともなことでした。というのもドロシーという少女がカンサスで竜巻にまきこまれオズの国にやってきたときに、農場のとうもろこし畑でかかしをみつけ、豆の支柱からかかしをおろしてあげたのです。助けた後は、偉大なオズ魔法使いがいるエメラルドの都まで一緒に旅をしました。一時はオズの国を治め、もっとも賢い人と称されたのでした。

 かかしが返事をする前に、つぎはぎ娘は我慢できずに歌いだしました。


 「この人はとても変わった人なんです

 彼の系図は背高のっぽの豆の棒

 とうもろこしの国の人、 魂を宿し

 細長い棒をつたってきた。」


 「くだらん!」
とムシノスケ教授はぶっきらぼうにいいました。
「麦わらを詰め込まれて彼はなみはずれて風変りになっただろうが、彼がこうなる前は誰でもなかったということは明白ですな。先祖もない、家族もいない。豆の棒だけは家系図として、まあこれは王室事典にのる権利がありますな。」

 「私の賢い脳みそはどうですか?」
とかかしは傷ついた声で聞きました。
「脳みそは必要ありませんか?」

 「脳みそは王室にはまったく関係ないですな。」
というとムシノスケ教授は万年筆をしっかりと握り
「それでは始めましょう。」
といいました。

 「あの、じゃあわたしは昔オズを治めなかったということになるのですか?」
とかかしは心配になりました。

 「はいはい治めましたとも。でも、それは王室には関係ありません。」
とムシノスケ教授はぴしゃりと返しました。
「私が名前を呼びます。そうしたら私の質問に全部答えてください。必要な情報をそろえたら、私は退散しますよ。」
といいました。

 ムシノスケ教授は小さなメモ帳を取り出し
「陛下。」
というとオズマ姫に向かってうやうやしく一礼しました。
「心を悩ます必要はございません。私はすでにあなたさまのことをこのリストの冒頭に書きあげております。妖精のながいつながりからたどっていきましたところ、あなたの系図はオズの中でもっとも由緒ある有名なものです。」

 「ドロシー姫。」
ムシノスケ教授が名前を読み上げると、少女が立ち上がりました。

 「知っておりますぞ!あなたはカンサスからこられて、姫の称号を与えられたのでしたな。で、あなたのアメリカの祖先についてお話いただけますかな?」
とムシノスケ教授は分厚い眼鏡ごしににらみながら聞いてきました。

 ドロシーは
「ヘンリーおじさんエムおばさんに聞いて下さいな。」
とややむくれて答えました。ムシノスケ教授はドロシーの一番の親友かかしを傷つけたので、ドロシーはちっとも祖先のことに興味がわきませんでした。

 「そうですか。」
とムシノスケ教授はいうとさっさとメモを書き始めました。
「私はドロシーさんを『オズの姫にして大統領の遠縁の親戚』と記載することにします。」

 ドロシーは
「ちがうわ!」
と頭を横にふりました。

 しかし教授は
「アメリカ人はこのことで文句をいう人はおりませんな。」
とこともなげにいいました。

 「ニックチョッパー殿」
 とムシノスケ教授が呼ぶと、ブリキの木樵りが立ち上がりました。このブリキの木樵りもドロシーが一番最初のオズの国への旅で見つけたのです。

 「あなたは一時は生身の人間できこりをして暮らしていましたね。」
ムシノスケ教授は空中にペンを構えて尋ねました。

 「私は、ブリキの木樵りです。王室事典には苗字をスミスと入れてください。ブリキ職人のスミスが私を作ったのです。それからウインキー国の皇帝で、生身の人間にもどろうとは思っていません。」
と威厳をもって答えました。

 会場のみんなは拍手喝さいし、臆病ライオンは手の代わりに尻尾で床をたたきました。

 「スミスとはとてもいい苗字ですな。これで私もニックチョッパーの章を全部書くことができます。」
といって教授は笑顔になりました。ブリキの木樵りは昔は普通の人間だったのですが、意地の悪い魔女が斧に魔法をかけ、木樵りがその斧を使うと片足を切りおとし、次にもう片方の足も切り落とし、次に両腕、またまた次に頭を切り落としてしまったのです。切り落とすたびにブリキの職人に治してもらっていましたから、最後には全てが完全なブリキになってしまったのです。このようなことは不思議の国オズではよくあることです。オズの国ではだれひとりとして殺されることがないのです。ニックチョッパーはブリキの体でしたが陽気に生き続け特別な人とみなされるようになりました。そしてウインキー国の人々は国の皇帝になるようにお願いしたのでした。

 ニックチョッパーがドロシーの隣にすわると
「スクラップス。」
とムシノスケ教授は呼びました。

 つぎはぎ娘はつま先で狂ったかのようにくるくる回りながら前に出ました。口元に一本指をあてて、歌い始めました。

 「ごらんのとおり、わたしはつぎはぎ。

 コート掛けがわたしの家系。

 でもね、フン、”かけ”も”かけい”も私にとっちゃあ同じだね!」


 コート掛けですってさ!ムシノスケ教授はにやりとしました。でも、だれがスクラップスを笑うことができたでしょう。スクラップスは変わった品々のいろいろな部分をつかって作られ、命の粉をふりかけられて動きだしたのです。コミカルで想像力豊かで明るく冗談をいう少女なのです。

 スクラップスの歌につられて出た笑いがおさまると、
「金属人間みたいに、私を-黙らせて-ちょう-だい!」
と語尾をチクタクの真似をしていい終わりました。チクタクもドロシーの冒険によってみつけられた不思議な機械仕掛けの人形で、ゼンマイねじをまくと千年もの間考えたり歩いたり話したりすることができるのです。

 臆病ライオンはもともと王様でしたから王様として載りました。そしてそのほかのオズの有名人たちも次々に前に進み出て教授の質問に答えました。教授はさっさとメモ帳に書き込んでいきました。オズマ姫はそれぞれを注意深く聞いていましたし、かかし以外はみんな興味があるようでした。かかしはドロシーのそばで気難しそうに天井をじっと見つめてすわっていました。いつもの楽しい顔の片方はしわが寄ってさがっていました。

 「私がだれだったか分かったらなぁ。」
と何度もつぶやき
「考えねば。」
といいました。

 「気にすることないわ。」
とドロシーはやさしく肩をたたきました。
「王室だなんて時代おくれだし、わたしはムシノスケ教授の家系図なんてどうでもいいものだと思うわ。」

 しかし、かかしは慰められたくありませんでした。みんなが宮殿をあとにすると、部屋の片隅で悲しそうに背中を丸めて座りました。  そしてとうとう
「よし、やってやる。やってやるぞ。」
というと、よろよろ立ち上がりました。オズマ姫の小間使いジュリア・ジャムは、オズマ姫の落したハンカチを探しに来たのですが、かかしが廊下を走りぬけていったので驚きました。

 「どちらへお急ぎですか?」
とジュリアが尋ねました。

 かかしは姿勢をただすと
「家系図を見つけに行ってくる。」
と暗い表情でいい、出口を通りぬけていきました。

Chapter I: Professor Wogglebug's Great Idea

2章: かかしの家系図

 月が輝くなか、エメラルドの都の人々はすでに眠りについていましたが、かかしは足早に通りを抜けて行きました。ドロシーに助け出されて以来、今ほどつらかったことはありません。おとぎの国に暮らしていましたから、なにもかもがあたりまえのことで、自分のこのめずらしい姿すら自慢に思っていたのです。ムシノスケ教授がかかしの家族について失礼なものいいをするまでは、過去について考えてもみませんでした。

 「オズの中で家族がないのは私だけなんだ。」
と悲しそうに繰り返しました。
「臆病ライオンだって王族の両親とヤシの木を持っている。ああ、考えなければ。私の脳みそはまだ一度だって失敗したことはないぞ。私は誰だったのか。私は誰だったのか。私は誰だった・・・・。」

かかしはずっと考えていたものですから前を見るのを忘れてしまい、塀にぶつかり、溝につまづき、柵を越えてしまいました。幸いなことに怪我はありませんでした。かかしはなんとか立ち上がると、かたよってしまったつめものの麦わらをもとの形に整えると、どこにむかっているのかまっすぐ前に歩みをすすめました。そのあとは滝につかることになりましたが、やがてマンチキンの国を通り抜けている黄色いレンガの道をすすんで行きました。というのも、かかしは家族の手がかりをみつけるために、ドロシーが最初に自分を見つけてくれたマンチキンの農場へ戻ってみることにしたのです。

 かかしの体が藁でできているというのはいろいろ便利なもので、おなかがすいたり眠たくなったりしないので、昼も夜も休むことなく旅を続けることができました。星がまたたき、やがてマンチキンの農場の雄鶏が鳴きはじめるころにはもう青い川のほとりにつきました。

 かかしは帽子をぬぐと頭をかきむしりました。渡し船もなく、泳ぎの名手でもなく魔法使いの魔法も携えていないので簡単には川を渡れないことに気がついたのでした。かかしは水が苦手で、泳いだとしても穀物袋のように流されてしまいます。

 しかし、かかしは賢い脳みそを持っていたので、できないことをそうやすやすとあきらめませんでした。こういうときのためにかかしの脳みそがあるのです。

 「ブリキの木樵りならすぐにいかだをつくってしまうだろうになぁ。しかし木樵りはいないから別の方法を考えなきゃ。」

 かかしは気持ちを入れかえると川に背を向けて一生懸命考えました。ところが考えがまとまる前に、大きな音とともになにかが飛び出してきたので、顔を地面にぶつけてしまいました。陽気な笑い声と、だみ声がしています。

 「こいよガラガラ。悪いところじゃないらしいし、朝飯になりそうなやつもいるぜ。」

 「朝飯になりそうなやつ?!」
かかしはそっと振り返りました。すると巨大で奇妙な生きものが草をなぎ倒しながらかかしに向かってきます。そしてそのあとから小さいけれどももっと奇妙な生き物も付いてきています。二匹とも川から出てきたばかりでぬれています。

かかしはぐいっと顔をもちあげると
「おはようございます。」
と震える声でいい、うしろにあった棒に手をのばしました。

「餌がしゃべるようなら食べない。」
と小さいほうの生き物はかかしをじっと見ていいました。

 これをきいたかかしは何かいおうと考えましたが、とにかくおどろいて口がきけなくなってしまいました。あとでドロシーに話したところによると、あまりにも二匹の生き物が変わった格好だったからだそうです。大きい方は体長は少なくとも200フィート、体は積木でできていて、一つ一つの積木にはアルファベットの文字が書かれていてました。頭は大きな四角い積木でヘビのような顔をしていて、長くカールする巻き舌がついているのです。小さい方は百個の木やセルロイドやゴムでできたガラガララトル(赤ちゃんをあやすときに使うもので、手で持って振るときれいな音ややさしい音がでる。)を針金で止めてできているようです。ですから動くとラトルの楽しい音がしてしまうのです。しかし表情はつまらなそうでしたので、かかしは気をとりなおしてお辞儀をしました。

 「それから体がくねくねしているものも食べない。」
と大きい方の生き物もいいました。

 かかしは
「ありがとう!」
というと何度もお辞儀をしました。
「やれやれ助かった。私はいまだに一度も朝食になったことはないんですよ。それに朝食にはなりたくない。それで、私があなた方の朝食にならないのでしたら、どうぞ友達になってください。」
といって両腕をさっとのばしました。

 かかしの表情はこっけいな笑顔ですから、二匹の生き物は急に親近感がわいてきて、どこに暮らしているかを話し始めました。

 「もうおわかりでしょうけど、私はエービーシー大蛇と申しまして、人魚保育園で子供たちに綴り方を教えているのですよ。」
と大きな蛇がいいました。

「ここにいるのは私の友人でガラガラ蛇といいます。人魚たちが仕事をしている間は赤ちゃん人魚を楽しませているのですよ。今は年に一度の休暇で、海の深いところから見知らぬ川をのぼり、この岸に着いたというわけです。おそらくあなたはここがどこかご存じでしょう?」

かかしはここがオズのマンチキンの国だということ、休暇を楽しむにはいいところだということを丁寧に説明しました。そして

「私に重要な使命がなければ、ご案内してあげるところなのですが。」
というと深いため息をつきました。それから
「あなたは家族はいますか?」
とエービーシー大蛇に尋ねました。
「おりますとも。曾祖母5匹、いとこ21匹、兄弟7匹、義理の姉妹6匹です。」
と舌を巻き尺ように入れたりだしたりして答えました。
「すごいですね。」
かかしはつぶやくと悲しそうに手を握りしめました。
「うらやましい。私は誰も、叔母も先祖も家族も家系図もない。豆の棒だけ。私は、ああ、いたわしい、先祖がないんです。」
かかしがあまりにもがっかりしているのでガラガラ蛇はかかしが泣きだすのではと思いました。

そこでガラガラ蛇は「元気をお出しよ。」と困ったなといった調子でいいました。それから「君はいるでしょ、ここに・・・私をゆすってみてもいいよ。」
といいました。かかしはガラガラ蛇の親切な申し出のおかげで急に元気がでてきました。
「先祖はないけど存在している。覚えておくよ。」
かかしは満足そうにわらの詰まった胸をふくらませ、ガラガラ蛇の頭をなでました。

「あの、なぞなぞ得意かな。」
とガラガラ蛇はおどおどとしながら尋ねました。かかしは
「そうね。私にはかのオズの魔法使いからもらったとてもよい脳みそがあるからね。」
とゆっくり考えて答えました。
「では、エービーシー大蛇は都会が好きなのはなぜでしょう。」
とガラガラ蛇はすぐに問題を出しました。




 かかしはちょっとの間よく考えて
「それは、ブロック(ブロックには積木と区画、両方の意味があるので駆掛け言葉ですね)でできているから。」
と勝ち誇ったようにいいました。
「こりゃ簡単。次は私の番です。エービーシー大蛇はどうしてゆっくり話すのでしょうか。」
ガラガラ蛇は
「降参。」
というと体を何度かゆらしました。
「それはね、舌が巻き尺のようになっているから言葉を巻き取らなくてはならないのです。」
とかかしは答え、不器用な指をパチンとならしました。
「そうだ、これはなかなかのなぞなぞだな。ドロシーに忘れずに話さなきゃね。」
というと急に心が落ち着きました。

 ドロシーのことを考えたら今回の旅の目的を思い出したのです。かかしは次の新しいなぞなぞをやめて、ドロシーにみつけてもらった農場にもどり、家族の手がかりを見つけようとしているのだということを説明しました。
「そしてね、本当のなぞなぞ問題はね、この川をどうやって渡るかなのですよ。」
と急な流れをみながらため息をつきました。するとかかしの話を注意深く聞いていたエービーシー大蛇が
「簡単だね。ちっともなぞなぞじゃないよ。私が体をのばせば、あなたはわたっていけるよ。」
といって、すぐにかかしをはねのけないように気をつけながら川にむかって後退しながら橋をつくりはじめました。
「PとQの積木に気をつけて。」
ガラガラ蛇は注意しました。PとQの積木が重なって折れそうになっていたのでこの注意はとても役立ちました。それからエービーシー大蛇は注意を払って体で橋をかけ、かかしが簡単に川を渡れるよう積木の体を固くしました。かかしがYの積木を渡ろうとしたときエービーシー大蛇はくしゃみをしたので、積木も一緒にがちゃがちゃと動きました。かかしは飛び上り、もう少しで川の流れにのみこまれるところをあやうく逃げおせました。
「まぬけ!」
とガラガラ蛇は金切り声で叫びました。ガラガラ蛇はかかしをとても好きになっていたので、おもわずどなったのです。
「だいじょうぶだよ。」
かかしは息を切らしながら答えました。いそいで岸にあがると
「ありがとう。よい休暇を!」
とかかしはいいましたが、エービーシー大蛇は
「ガラガラと一緒だから無理だね。」
といって不機嫌そうにガラガラ蛇に向かって首をふりました。
「けんかをしないで。君らにあえてよかったよ。それからよかったら黄色いレンガの道をたどっていってごらんよ。エメラルドの都にいけるよ。オズマ姫が歓迎してくれるさ。」
とかかしはいいました。
「エメラルドの都だって!ぜひともみてみたいよなあ、ガラガラ。」
エービーシー大蛇はさっきまで憤慨していたのも忘れて、川から身を引き出すとXYZの積木をゆらゆらゆらと振ってかかしに別れ告げ、カチカチと地面をならしながらガラガラ蛇を後ろにひきつれて行ってしまいました。



 かかしはその日はほとんど家族のことも忘れて気持ちよく旅をつづけました。道中いたるところで歓迎をうけ、マンチキンの人々から数え切れないほどの手厚い招待をうけました。しかし、かかしは目的地に着くことを強く望んでいましたから、すべての誘いをことわって夜も昼も旅をつづけ、これまで以上の不運や冒険に出会うこともなく二日目の夜遅くにドロシーに最初に見つけてもらった農場につきました。

 かかしはカラスを追い払うためにつるされていたとうもろこし畑にたてられた棒がまだあるかどうか、またかかしを作った農夫がなにか彼の過去についてさらに知っていることがあるかどうかがとても気になっていました。親切なかかしは農夫を起こしては悪いと思ったので、とうもろこし畑の棒を見に行くことにしました。月は輝いていましたから、迷うことなく道を見つけることができました。乾いたトウモロコシの茎を踏んで進んでいくと、歓喜のちいさな叫び声をあげました。畑の真ん中にかかしが降りてきたあの豆の棒がまだあったのでした。
「わたしの唯一の家族というか家系図を手に入れたぞ。」
と興奮しながら走っていきました。
「ありゃどした。」
農夫の家の窓が開いて、眠そうなマンチキン人が頭を突き出しました。
農夫は「なにしてるのかね。」
と不機嫌に声をかけました。かかしは
「考えているのです。」
と豆の棒に大きく寄りかかりながら答えました。農夫は
「それじゃあ、声に出さないでくれよ。」
といいながらふと見ると、それがあのかかしであることにきがつきとてもとてもびっくりしました。
「かかしさんじゃないか!こっちへお入りなさい。ああなつかしい、最新のエメラルドの都の話をきかせてくださいよ。いまろうそくをとってきますよ。」
といいました。

 農夫はかかしを自慢に思っていました。ずっと昔に自分の着古した洋服に藁をつめて、豆袋にゆかいな顔を描いてその二つをつなげてかかしをつくったのです。そして人間のように赤いブーツ、帽子、黄色い手袋をつけました。今までにない出来栄えでした。その後ドロシーと一緒に抜け出し、オズの魔法使いから賢い脳みそを手に入れ、エメラルドの都を治めましたから、農夫としては大変満足でした。
 しかし、かかしは話をしたい気分ではありませんでした。手がかりについて考えたかったのです。
「気にしないでください。ここで夜をすごしますから。朝になったらお会いしましょう。」
というと、農夫は
「そうですか。それじゃあ気をつけて。」
といってあくびをし、窓から顔をひっこめました。

 しばらくのあいだかかしは豆の棒のわきにただ立って考えていましが、やがて小屋からシャベルを持ち出すと棒の下のとうもろこしの茎や乾いた葉っぱを取り除いていきました。かかしの手は不器用でしたからとてもゆっくりの作業でしたが、辛抱強くつづけました。そうしているとすばらしい考えが浮かんできたのです。
「たぶんこうして掘っていくと少しは発見が・・・・」
かかしは発見という言葉のつぎをいわずに、力のかぎりスコップでひたすら掘り続けました。するとにぶい手ごたえとともにぽっかり穴があいて、かかしはどんどん穴の中へ落ちていきました。かかしはとうもろこしの茎に腕をのばしました。おどろいたことにとうもろこしの茎は太い豆の棒を抱きかかえるように絡まりついていたのです。これが命綱の役割をはたしていたのに、とりのぞいてしまったので、かかしはものすごい速さで暗闇に落ちて行くこととなったのです。ものすごい速さで落ちていくので息を整えましたが、まだ息切れをしてしまいました。
「あれま、私は豆の棒を滑り落ちているということか。」

Chapter II: The Scarecrow's Family Tree

3章: 不思議な豆の棒

 豆の棒にしがみつきながらかかしはどんどん下へ落ちていきました。まわりは全部真っ暗で、耳もとで風の唸る音がしました。
しばらくすると「お父さん。なにか落ちてくるのが聞こえる。」
という声がきこえました。
「捕まえろ、引っ張れ。」
と別の低い声がどなりました。扉がひらき目のまえがぱっと明るくなったかとおもうと、大きな手はかかしの頭上で空をきりました。
かかしは「こんなときにいいことといえば、私はハートがないから落ち込まないよ。」とつぶやくと恐る恐る上を見上げ、そしてさらにしっかりと棒にしがみつきました。
「落ちているけれども、たじろがないぞ。でもどこにおちていくのかな。」
かかしがそうつぶやいたとき、ずっと下の方で扉が開きました。
「お前は誰だ?通行料を出して、まんなか国の統治者に挨拶をする準備をしなさい!」



 かかしは今まで数々の不思議な冒険のをしていましたので、こういうときはなるべく相手の要求に応えることが一番いいということを知っていました。それにすぐに答えたほうがこのへんな質問者を逃れるだろうとわかっていたので愛想よく返事をすることにしました。
「私はオズの国から来たかかしで、家系図をたどって滑り落ちているところなのです。」
かかしの声はせまい通路の中で妙な声となって響き、最後の言葉を言い終わるとき、下のほうのドアかなにかから身を乗り出している二人の茶色い人たちがいるのがわかりました。そして次の瞬間ぴたりと落下がおさまりました。板きれが飛び出していて、通路をふさいでいたのでした。あまりにも突然止まったのでかかしは無残にも投げとばされてしまいました。かかしがバランスを立て直そうとするあいだ、二人のまんなか国の人は疑わしそうにかかしをじっと見つめていました。


「これは先っぽで育ったものかな。」
とひとりが、かかしのあたまにカンテラを近づけていいました。
「通行料を払え。」
ともう一人は大声をあげ、とてもねじれている手を差し出しました。
「しばしお待ちを、まんなか国の王様。」
かかしはつめものの藁に火がとびうつらないようにカンテラからできる限り身を遠ざけました。かかしのポケットの中に数日前にエメラルドの都から持ってきたエメラルドがあったので、うやうやしく泥の君主に手渡しました。
「私のことを"まんなか"となぜ呼ぶのだ。」
王様はエメラルドを取り上げながら怒った口調で尋ねました。
「あなた様の王国は地のまんなかではないのですか?あなたは王族ではないのですか?」
かかしは帽子のほこりをはたきながら尋ねました。

 そしてだんだんと周りがみえてくると、なんと二人はすべて泥からできていて、ぐちゃぐちゃににくっついていること分かってきました。干し草の髪の毛は上におったっていて、大きな顔はでこぼこ、形を変えては相手をうろたえさせることができます。王さまはかかしを検査しようと体をかたむけました。すると、とてもやわらかいものでできているので鼻が横に垂れ下がり、あと1インチも伸びれば、垂れたほっぺたにあやうくくっついてしまうところでした。

 まんなか国人は王さまの鼻を元に戻し、ほっぺたを元の位置に広げ始めました。まんなか国人はふしくれてねじれた根っこをぎゅっと巻きあげて手と足のかわりにしていました。歯は金でできていて、目は豆電球のように見えます。かわいた硬い泥でできた上着を石炭でできたボタンで無造作にとめています。王さまは泥の王冠を載せています。かかしはこのような気味の悪い生き物に出くわしたことは今までなかったと思いました。

「やつには泥の上着が必要だな。このマドル国にのなかに引きいれようじゃないか。」
と王様は宝石をいじりながらいいました。
「やつは貧弱にできています、陛下。おかしよ!働けるか?」
ともうひとりのマドル人はだしぬけにかかしを胸でこづきながら尋ねました。かかしは直立し堂々とした態度で
「私のことは”かかし”とお呼び下さい。私は脳みそをもってして働くことができます。」
と誇らしげにいいました。
「脳みそだって。」
王様はとどろくような声でいいました。
「おいきいたかマドルよ。頭を使うとさ。おまえの手は故障しとるのかね。」
王様は前に乗り出したので、マドルが形を整えようとしましたが、顔が落ちて大きく膨れ上がりました。二人は興奮したようすでささやきあいだしました。かかしは返事をするどころではありません。なぜなら大きく膨れ上がった王様の肩越しに、暗い洞窟のなかで何千ものまんなか国人の赤い眼が光っているのがみえたのです。彼等はシャベルやつるはしをガチャガチャならし、しゃがれごえで「まんなか国の歌」を歌いながら、現れたのです。かかしがきいた歌詞は

どすんとおっこちて泥がわれた
がらがら声の三人のまんなか国人、泥に突き刺さった
泥はいいぜあたたかいぜ
泥は甘くてうねっているぜ
泥ってやつはなんてすてき
がらがら声の三人のまんなか国人、いつも掘るのさ
泥と粘土の美しい王国



歌の終りになるころは、かかしはおそろしくて身震いをしていました。

「うわ~。歓迎されているとはいいがたいな。」
とつぶやき、通路の壁に身を伏せました。それから冷静さをとりもどすと、野太い声を繰り出しました。
「私はオズの国のかかし、このまま落ちていくことを望む。通行料はすでに払った。このまま私を放さないなら・・・。」
「おそらくこのまま落したほうがよかろうかと・・・・・。役立たずですから。」
とマドルが小声でいうと、王様が反対する前に板をグイッと引き抜きました。
「落ちろ」
と意地悪い声がしてかかしは暗闇へ投げ出され、あとには二人のまんなか国人のしゃがれた声が暗がりのなかをこだましていました。


こうなると今度は考えるということは無理でした。というのもかわいそうにかかしの体は通路の壁にばんばんとぶつかりはねとばされていたのです。あまりにも早く落ちていくので、今できることはただただ豆の棒を持ち続けることだけでした。

「唯一よかったことといえば、私がドロシーみたいな生身の体じゃなくてよかった。」
と息をきらしていいました。かかしの手は豆の棒との摩擦ですり減って、耳元は空気のざあざあする音でふさがれてしまい、”ひらめく”なんてことはとうていできない状態でした。こんな状況では魔法の脳みそといえども働かすことは無理でした。落ちて落ちて落ちて時間の感覚がなくなるまで何時間も落ちました。
 止まることはなかったかですって?いえいえそれから、急に明るくなり、おおきな銀の宮殿の屋根にあいた穴をさっとくぐりぬけると、ぐるぐると階段を落ちていき、ドシンと宮殿の大広間に落ちました。このときかかしは一方の手に小さな扇、もう一方の手に傘を握りしめていました。これらは宮殿の屋根に到着する直前に豆の茎からもぎとったものでした。



 かかしはゆさぶられ二つに折れ曲がっていましたが、たくさんの人ごみの中に自分が落ちていくのがわかりました。絹の衣装をまとった宮廷人、刺繍のほどこされた屏風、象眼の床、かがやくばかりの銀のランタンを見てとったかかしが困惑していると、ばーんととどろく音がなりひびき、かかしは落ちてきた屋根の半分ほどまで投げだされてしました。そしてまた落ちて座り込んだのですが、豆の棒はまだかかしにまとわりついています。近くには大きなドラが二つあり、かかしがぶつかった打撃でまだ振動していました。

人々がかかしをじっとみるので、かかしは起き上がろうとしました。するとそれを見ていた人々は顔をひれ伏しました。かわいそうに薄っぺらになったかかしは跳び上がったのですが、それはまるでビールを注いだときのようにムクムクとしているものでしたし、そして今度は顔から着地するということになりました。かかしはいぶかしく思いはじめていましたから、立ち上がって口を開こうとしましたがその前に、
「おもどりあそばしました。」
と低い声が響きました。

ほかの人々もかん高い声で
「おもどりあそばしました。」
と石の床に三つ指をついていいました。人々の話す言葉は変わった言葉でしたが、不思議なことにかかしには全部わかりました。かかしは豆の棒をしっかりと握りながら、びっくりして話すことすらできないでいる人々を見つめました。宮廷人たちはドロシーの本のなかに載っていた中国人に似ていましたが、肌のいろは黄色ではなく珍しい灰色で、髪は年寄りも若者も銀色で長く三つ編みにしてたらしていました。かかしはもっと観察しようとしたのですが、一人の高齢な宮廷人が足を引きずって前に進み出ると扉の側にいる家来に手招きをしました。家来は急いで大きな絹の傘をひろげ、かかしの頭の上でさしました。

「おかえりなさいませ。崇高で高貴なご先祖様。立派で高貴なお方。」
と年をとった紳士が何度も手を額にあててお辞儀をしました。
「おかえりなさいませ、不死身で高名なご先祖様。おかえりなさいませ、太古の穏やかなお父上。」
と人々は声をあげると何度も何度も額を床にひれ伏しましたので、三つ編みが空中にはねました。

「ご先祖だって!父上だって!」
かかしは困った声でつぶやきましたが、気をとりなおして帽子をはずすし、ふかく一礼すると
「大変光栄です。」
と言いました。ところがその先を続けることはできませんでした。絹をまとった宮廷人たちは歓喜のあまりぴょんぴょん飛び跳ねたのです。それから一ダースの人がかかしの体をつかむと、銀の玉座につれて行きました。
老家臣は
「変わりないそのお声。」
というと感無量でかかしの手をにぎりました。

「皇帝陛下!皇帝陛下がお戻りになった!皇帝陛下万歳!」
と人々は叫び、ますます混乱していきました。

「ご先祖様!父上!皇帝陛下!」
かかしは自分の耳を信じられませんでした。
「落ちてきたけれども、ようやく体がイーストのようにムクムクと盛り上がって元に戻ってきたよ。」(イースト パンをつくるときにつかう酵母。小麦粉にまぜて発酵させ膨らんだら焼くとパンができあがる。かかしの体が人々の歓声とともにもとのふわふわな体に戻ってきたのでしょう。)かかしは独り言をつぶやきました。六人の家臣が皇帝陛下が帰還したというすばらしいニュースを知らせにドアに向かって走って行きました。やがて銀の鐘や鈴が王国一帯に響きわたりはじめ、皇帝陛下、皇帝陛下という興奮した大衆の叫び声がしました。かかしはいまだに小さな扇と傘をにぎったまま、当惑しながら玉座の横をしっかりつかんでいました。

「みんなが皇帝陛下と叫ぶのをやめたら私が誰なのかを聞けるのになぁ。」
とかかしは思いました。するとかかしの考えに応えるかのようによろよろした年寄りの家臣が腕を上げ、広間はしーんと静まりかえりました。
「あの。」
と言いかけて、かかしはちょっと溜息をつきましたが、すぐに前に体をのりだしながら
「ちょっとお聞きしたいことがあります。」といいました。
三章解説
泥でできたまんなか国人がでてきます。まんなかはMiddle泥のひとはMuddleと表現しています。どろの綴りは途中できるとMudで気違いという意味も連想できるのです。ここではMiddleとMuddleがぐちゃぐちゃに混乱してでてきます。とにかくやわらかい泥でできたぐちゃぐちゃの国ですから、かかしもまちがえて呼ばれてしまいます。和訳では『おかし』と一字違いにしましたが、原文はScarecrow(scareこわがらせるcrowからす=かかし)を Carescrow(care-s-面倒見るcrowからす)とまんなか国人が呼んでいます。綴りがまぜこぜになっていて、おもしろいですね。このようにオズ国では言葉遊びが随所にでてきます。

Chapter III: Down the Magic Bean Pole

4章: ドロシー、さみしい朝食

 ドロシーはオズマの宮殿のもっとも心地よい部屋に暮らしていているのですが、パーティーの翌朝、なんともいえない大きな不安にさいなまれて目をさました。朝食のときにかかしはいませんでした。かかしやブリキの木樵り、スクラップスには食事の必要はないのですが、一緒に食卓について会話を盛り上げてくれるのです。ドロシーはかかしがいないことが気になりました。というのも昨日、ムシノスケ教授がかかしの家系について失礼な意見をいったときに、かかしが見せた苦しい表情を忘れることができなかったからです。ムシノスケ教授は朝食前に宮殿を発ち、ドロシー以外の人は王室事典のことをすっかり忘れていました。オズマの宮殿にまねかれた客人たちもすでに帰る準備をしていましたが、ドロシーはなんともいえない不安を消せずにいました。かかしはドロシーの特別に仲の良い友人でしたから、さよならも言わずにいってしまうなんてことは、とてもかかしらしくないのです。ドロシーは、庭や宮殿のすべての部屋を捜索し、召使い全員に尋ねて歩きました。しかし不運なことに、ドロシーが尋ねあるいているとき、かかしが出て行ったことを見ていたただ一人の人物ジュリア・ジャムは恋人のところにいたのです。

 オズマはいつも朝食を一人でとり、午前中は国の問題を片づけてすごしていました。オズマはとても忙しいので、ドロシーは邪魔をしないようにしています。というのも、オズマは午前中に国の管理をしてしまわないと、ドロシーみたいに宮殿で暮らしているベッツィやトロット(二人はドロシーと同じ人間の少女)と午後一緒に遊べないのです。そこでドロシーはオズマをたよらずにかかしを一人で捜すことにしたのでした。

 「たぶん、まだ探したりないんだわ。」
とドロシーは思い、王宮すべてをもう一度探しました。
「心配することはありませんよ。たぶん、もう家に帰ってしまったんですよ。」
とつぎはぎ娘のスクラップスとチェッカー(チェス盤で駒を12個使ってするゲーム)をしているブリキの木樵りはいいました。


かかしは賢い脳みそをもってる、
なんで心配するのかい
なぜってあわてて私らおいてちゃった。

スクラップスはそっそかしそうに手をふりながらそっと笑いました。おかげで中庭の別の場所を探そうとして走っていたドロシーもつられて笑いだしてしまいました。
「かかしさんがもう帰えっちゃったとしたら、私、急いだら追いつくかしら。どっちにしろ私はかかしさんを訪ねなきゃ。」
とドロシーは思いました。
 ドロシーはかかしを一緒に訪ねようとトロットとベッツィ・ボビンを誘いにいきました。するとハンモックにゆられていたトロットとベッツィ・ボビンの二人は、ブリキの木樵りとピクニックに行く約束があるということでした。それからのドロシーにためらいはありませんでした。ほかの人に尋ねてみたりするどころか、愛犬トトに口笛を吹くことさえせずに、中庭をスキップしながらでていきました。
 臆病ライオンはバラのしげみでうとうとしていると、ドロシーの青い服がライオンの投げ出した足元でぱたぱたとひるがえっているのが見えました。
「どこへ行くのですか。」
臆病ライオンはおおきなあくびをこらえてたずねました。
「かかしさんを訪ねるの。昨夜はとてもかわいそうに見えたわ。かかしさんたら家系図のことを気にしているんじゃないかしら。励ましてあげられるかもしれないと思って。」
とドロシーはいいました。
これをきいた臆病ライオンは豪快にのびをしました。「僕も行きます。だいたいかかしくんを心配するなんて今までありませんでしたね。」というとたてがみをブルブルゆすりました。
「でもね、ムシノスケ教授がかかしさんに『あなたには家族はありませんな。』なんて言ったの知っているでしょ。」
とドロシーはやさしく言いました。臆病ライオンは
「家族ね。たかだか家族だなんて。彼には我々がいるのにね。」
というと納得がいかないというようにしっぽをゆらしました。
「まあ臆病ライオンさん、そうよね。とてもすてきなアイディアをおもいついたわ。」
といってドロシーは臆病ライオンの首に腕をまきつけました。臆病ライオンはうれしく見えないようにしました。
「そういえばずっと昔、あなたにそうしてあげたわね、臆病ライオンさん。」
ドロシーはおだやかに言いました。
「なぜかかしさんを養子にしてしまわなかったんでしょうね。私はかかしさんのお姉さんになれるし、あなたは・・・」
ドロシーはうれしそうにスキップしながらいうと
「僕はいとこですね。あの、ドロシーさん、かかしさんがこんな臆病者がいとこだということを気にしなければということですが。」
と臆病ライオンは心配そうな声でつづけました。
「あなたは前みたいにまだ臆病なのかしら。」
するとライオンは
「そうですよ。」
と心配そうにちらりとふりかえって、ため息をつきました。このしぐさにドロシーは笑いました。危険がせまるとカスタードクリームのようにふるえますが、いつも危険に勇気をふりしぼって向かっていきます。ですからいつも戦わないで逃げ出してしまうオズの軍隊といるよりもライオンといた方がドロシーは安心なのです。


 オズの地理をご存じのかたなら知っていると思うのですが、オズの国はparchesiボード(バックギャモンに似たボードゲーム。十字型のボードを使う)のように四つに分かれていて、エメラルドの都はその真ん中に位置し、北側に紫のギリキン国、南に赤のカドリング国、東に青のマンチキン国、西に黄色のウインキーがあります。ドロシーとライオンは西にむかいました。というのもウインキーの国にはかかしが建てた豪華な黄金の塔があるのです。そしてこの塔のかたちときたらそれはもう大きなとうもろこしの実なのです。
ドロシーは臆病ライオンとともに出かけました。オズの冒険談についておしゃべりをしたり、止まって道のわきにあるキンポウゲとひな菊をつんだりして進みました。ドロシーは臆病ライオンのしっぽの先に花束を結び、たてがみにも少し巻きつきました。そうすると臆病ライオンは本物のお祝いにかけつけるかのようになりました。
 しばらくするとドロシーは疲れてきたので、臆病ライオンの背中にのぼり、二人は軽やかな足取りで小走りし、待ちどおしかったウインキーの国へ入りました。ウインキーの国の人々は愛すべきドロシーと臆病ライオンに窓などから手を振りました。二人がすっきりとした黄色のコテージの前を通ると、ウインキーの小柄な婦人がお茶とバスケットをもって小道から走り出て来てきました。
「あなた達が見えたものだから。のどがかわいているかもしれないと思ったの。」
ともてなしをしてくれました。ドロシーは臆病ライオンに乗ったままお茶をいただきました。

「私たちとても急いでいるのです。かかしさんのところへいくところなの。」
とドロシーは申し訳なさそうにいいました。臆病ライオンはバケツにはいったお茶を一口で飲みました。お茶は熱かったので涙目になりました。婦人が家に戻ったあとで
「お茶はきらいだな。ああ臆病じゃなければバケツをひっくりかえしたのにな。でもそりゃ無理だ。僕は彼女が気を悪くするなんて怖いんだもの。まいったな臆病だってことは。」
といいました。

「気にすることないわよ。」
ドロシーは臆病ライオンの目をハンカチで拭いてあげました。
「臆病ライオンさんは臆病じゃないわ。あなたは礼儀正しいだけよ。ところで、早く走ったらかかしさんのお宅のお昼に間に合うわ。」

 臆病ライオンは風がとおりぬけるように走りましたから、ドロシーはしっかりとたてがみをつかみました。ドロシーのカールした髪はうしろにたなびき、二オズ時間十七ウインキー分(ウインキーでの時間の単位)でかかしのみごとなとうもろこしのお屋敷に到着しました。
ドロシーと臆病ライオンはかかしの邸宅を囲んでいるとうもろこし畑を大急ぎで通り抜け、玄関に飛び込みました。
「お昼を御馳走してちょうだいな。」
とドロシーは声をあげました。
「とてもおなかがすいているからカラスでも食べられるよ。」
と臆病ライオンもいいました。ところが二人はがっかりして立ちつくしました。というのも大きな応接室が空っぽだったのです。階上の部屋で足音がしてかかしの屋敷の執事ブリンクが階段を駆け下りてきました。
ドロシーは「かかしさんはどこかしら。ここにいないの?」
と心配そうに尋ねました。
「ここにいないのですかですって。エメラルドの都にいないのですか?」
小柄なウィンキー人は眼鏡を上下さかさまにかけたままで息をのみました。
「ええ、おそらくエメラルドの都にはいないとおもうの。どうしよう、かかしさんになにかあったんだわ。」
ドロシーは黒檀の肘掛椅子にすわり絹のクッションにみをしずめて泣き崩れました。
「まあまあ、落ち着いて。」
臆病ライオンはドロシーのそばにかけよりました。小さなテーブルにある三つの花瓶と時計をたおしましたが、その様子からはライオンはとても落ち着いているのが見てとれました。
「かかしくんには脳みそがある。それにかかしくんはいままで傷つけられたことはない。私達がまずしなくちゃならないのはエメラルドの都にもどってオズマ姫の魔法の絵を見ることです。そうすればかかしくんがどこにいるかわかるから、彼を見つけ出しにいって、私たちのちょっとした計画を話せますよ。」
というと期待を込めてドロシーをみました。
「かかしさまでもこのように聡明にお話できますまい。」とブリンクも安堵のため息をつきながらいうと、ドロシーも気分がよくなったようでした

 皆さんはもうご承知のことと思いますが、オズマの宮殿には魔法の絵があって、その絵はオズマやドロシーがともだちに会いたいとおもったら、ただ彼らに会いたいと思うだけで、たちどころに望んだ人がその時に何をしているかをうつしだしてくれるのです。
「そうだったわ。私ったら、どうしてそのことに気がつかなかったのかしら。」
ドロシーはため息をつきました。
ブリンクは、
「お帰りになる前にお食事を召しあがられたほうがよろしいかと。」
と提案し、せわしく駆け回ると、すぐにおいしい食事を用意しました。ドロシーはかかしを心配するあまりほとんど食欲がありませんでしたが、ライオンは一七本のあぶった肉と、コーンシロップをバケツに一杯のみこみました。
「勇気をだすためには必要です。腹ぺこほど私を臆病にするものはないのです。」
とドロシーに説明して、舌舐めずりをしました。
二人が立ち去ろうというにはずいぶんと遅い午後になりました。というのもブリンクはお弁当をつくるといい、臆病ライオンのために十分なサンドイッチを作るのには時間がかかったのです。ようやく用意が整い、かかしのうちの料理人モップスの帽子の箱にサンドイッチを詰めました。※(帽子の箱なら大きいですものね。)ドロシーは箱のつつみをかかえるとバランスをとりながら、ライオンの背中によじ登り、二三日後にはかかしと一緒にもどってくるといってブリンクに別れをつげました。ブリンクはこんな時わーっと泣きだすのですが、さようならを言うまでの間はこらえました。ドロシーと臆病ライオンは厳粛なおももちでエメラルドの都に出発しました。

 数マイル進んだところで
「暗くなってきたわね。嵐になると思うわ。」
とドロシーは言いました。ドロシーがいい終わらないうちに猛烈な雷の音が轟きました。

 臆病ライオンはさっとすわりこみました。背中を落したものですから、サンドイッチの入った箱がはねあがり、ドロシーの顔はサンドイッチの箱の中に突っ込んだかたちとなりました。臆病ライオンは
「なんてひどいことになってしまったんだ。」
と、せきこんでいいました。ドロシーは箱の中から這い出してくると、
「私のセリフだわ。臆病ライオンさんたら夕食を台無しにして。」 といって鼻の上についたバターをふきとりました。

「僕の勇気のせいです。」とライオンは悲しそうにいいわけをしました。「天候が急変したので気が動転しました。でもまた背中にのってください。雷をしのげるところへおおいそぎで走りますから。」
臆病ライオンはいいました。
「それで、どこへ行くの。」
ドロシーは空が暗くなってしまったので、今度は本当に心配になりました。ライオンは
「さあ、乗って。」
と震えた声でいいました。ドロシーは臆病ライオンのいうようによろよろと背中によじ登りました。次々と雷が轟き、そのたびに臆病ライオンは歩みをいっそう早くすすめましたが、いよいよあたりは真っ暗になってしましました。

 「この調子だとエメラルドの都につくには時間がかかるわね。」
とドロシーは声をかけましたが、風がじゃまをして言葉をかわすことはとうてい無理でした。ドロシーは臆病ライオンのたてがみにしがみつくとかかしのことを考え始めました。雨は降らないのですが、雷は絶え間なく轟きわたっています。ドロシーには何時間も走っているように感じましたが、とつぜんガクンと衝撃がはしり臆病ライオンの頭上を飛びこえてくさむらに突っ込んでしまいました。ドロシーは息がくるしくて口がきけませんでしたが、怪我はなさそうでした。それからなんとか臆病ライオンを呼んでみると、臆病ライオンがうめいて自分の勇気に文句をいっているのがきこえてきました。
「骨がおれてしまったの?」
と心配してドロシーは臆病ライオンに尋ねました。
「頭をうちました。」
と臆病ライオンはみじめそうにいいました。ちょうど黒い雲がとおりすぎ、目をつぶって木にもたれている臆病ライオンをドロシーはみつけました。臆病ライオンの頭には大きなたんこぶができていました。かわいそうだと思ったドロシーは臆病ライオンにいそいでちかづくと、なにやらあたり一面の様子がかわってしまいました

「あら、ここはどこかしら。」
ドロシーは止まりました。臆病ライオンはまぶたをあけ、ぶつかったことも忘れて、うろたえながらあたりを見渡しました。どこにもエメラルドの都らしきものがないのです。二人は大きな薄暗い森のなかにいました。木の数を考えると、ずっと前に木々にぶつからなかったことのほうが不思議なくらいです。
「まちがった道をきてしまったにちがいない。」
臆病ライオンは落ち込んだ声で苦しそうにいいました。
「こんなに暗くちゃあ、誰でも間違えるわ。」
とドロシーはなぐさめました。
「でもね、サンドイッチを落としていなかったらよかったわ。だってお腹がすいちゃったんですもの。」
とドロシーがいうと、臆病ライオンも
「僕もお腹がすきました。ところで、この森に誰か暮らしていると思います?」
ドロシーはこの問いには答えずに、木に大きな立て札がついているのをみつけました。『右にまがれ』と書いてあります。
「なあに、これ。」
といったあと、ドロシーはすぐに笑顔になりました。
「私たち、冒険をすることになったらしいわ。」
すると臆病ライオンは
「それより、夕食があるほうがましだな。」
と物欲しげなため息をつきました。それから
「今夜ここですごしたくないとしたら、もっと先へ進みましょう。冒険はもうじゅうぶんなんだけれどもな。」といいました。
次の立て札には『左へまがれ』と書かれていて、立て札に素直にしたがってどんどんいくと、どうも木々の間をほぼ直線にすすむようなっています。オズのような妖精の国では電車もバスも旅行用の馬も(オズマの木挽き台の馬はべつです)ないので、まだ足を踏み入れていない場所があるのです。ドロシーは折にふれオズのいろいろなところを訪れていますが、今通っている国はまったくなじみがないのです。夜もちかづきあたりは暗くなってきたので、三番目の立て札に出くわした時ドロシーはなんとか読むことができました。
「『歌ってはいけない』ですって。だれが歌いたいのかしらね。」
とドロシーはむっとしていいました。
「我々は左を通ったほうがよさそうですね。」
と臆病ライオンはやれやれといった調子でいうと、しばらく無言で歩きました。木が少なくなってきて、森をぬけるとべつの立て札に出くわしました。
 「”ゆっくり下ろせ”ですって。スピードのことかしら?」
ドロシーは苦労して読みました。
「まあ、あきれた。ゆっくりとしていたらどこにいくっていうのかしら。」
というと、臆病ライオンは
「ちょっと待ってください。」
といって目をこらして行く手を見ました。
「どうやら、道は二本、上っていくものと下っていくものがありませんか?我々は下りの道をとることになっているんじゃあないかな。”ゆっくり下りろ”じゃないかな。」
といいました。もっともスピード落とせ、というのもまったくそのとおりで、下りの道は急で石ころだらけで、ドロシーと臆病ライオンは細心の注意を払わなければなりませんでした。しかし足もとの悪い道もいつかは終りをむかえるものです。とたんに森のはずれにでくわすと、大きな町がすぐ下に横たわっているのがみえました。ほのかな明かりが門を照らし、臆病ライオンとドロシーは大急ぎでむかいました。ところが、とても早くは進めませんでいした。わけのわからない眠気が忍び寄ってきたのです。のろのろと疲れた少女とライオンはおぼろげにみえる門にむかって進みました。二人は眠くて眠くて話もしませんでした。しかしだらだらと進んで行きました。

「ふああー。どうしてこう足が重いんだろう。」
と臆病ライオンがあくびをしながらいいました。臆病ライオンはちょっと止まって眠そうに四本の足を調べました。ドロシーはあくびを押さえて走ろうとしましたが、歩くので精一杯でした。
「ああー。」
ドロシーはあくびをし、目を閉じてつまづきながら歩きました。二人が門にたどり着いたとき、臆病ライオンは顎がぬけるほどあくびをし、ドロシーは息ができないほどあくびばかりをしていました。ドロシーは自分がしっかりするためにライオンのたてがみをつかみ、 まばたきしながらあやふやに門の上の表示をみました。
「ふああ、ここに、ふああ。」
ドロシーはうんざりしながら口元に手をあてました。それから、大変な努力をはらい看板の言葉を読んだのです。
「ええっと、とても偉大で強いゆっくりポークの王国、あはは、ポークですって。ねえ、きこえた?ふああ、ははは。」
ドロシーは眠いにもかかわらず、警戒してあたりを調べました。
「臆病ライオンさん、聞こえる?」
ドロシーは暗がりから返事がないので心配そうに繰り返しました。臆病ライオンは聞いていませんでした。臆病ライオンはしゃがみこんで熟睡し、その数分後にはドロシーも臆病ライオンの胸を枕にしていました。見知らずのうすぐらい街の門前で二人は眠ってしまったのでした。

Chapter IV: Dorthy's Lonely Breakfast

5章: ホークス卿

 ドロシーの目が覚めるずっとまえに太陽はのぼっていました。ドロシーは目をこすり一、二度あくびをすると、臆病ライオンをゆりおこしました。町の門はすでに開いていて、夜見たときよりもいっそう薄暗かったのですが、二人の旅人はとてもお腹がすいていて気にもとめませんでした。中に入ると大きな立て看板がありました。
『ここはポーク国。はしることなかれ。うたうことなかれ。ゆっくり話せ。口笛禁物。ポークの責任者これを命ずる』
ドロシーは読み上げると「なんて愉快なのかしらね。ふぁ~あ~あ。」といってあくびをしました。「あくびをお願いだからしないで!」
臆病ライオンは目に涙をためながらいいました。
「僕がまたあくびをしようものなら、しっぽを飲み込まなきゃならない。もっともすぐになにか食べられないっていうなら、いずれしっぽでも食べることになってしまうのでしょうけれどもね。とにかく先にすすみましょう。なにかここはへんです。あー、むにゃむにゃ、むむむむ」
といいました。

 臆病ライオンとドロシーはあくびを飲み込むと、細長い道を進み始めました。
家々は灰色の石を高くて頑丈に積み上げ、そこに小さな横木のある窓がついています。とても静かで、人っこ一人みえません。ドロシーたちがかどを曲ると、おおぜいのかわった人たちがゆっくりとこちらにくるのがみえました。人々は一歩ごとにあゆみを止め、きちんと立ち止まるのでした。ドロシーはこのかわった歩き方に驚いてしまってあくびの最中なのに笑ってしまいまいた。

 ここでは、足をあげるのではなくスケートのように押し進めているのです。ご婦人たちは灰色の水玉模様の洋服をきて、おおきな日よけつきのボンネットをかぶり、まるまるふとっていて、ねむそうで、おおきな口がついた顔を覆っていました。おおかたの人はペットとしてかたつむりをひもにつないでいました。どうりでかれらの動きは遅かったわけですが、どちらかというとまるでかたつむりが人々を引っ張っているかのようにみえました。


 男性は国会議員のパーティーに行くようなきちんとした格好でした。ただしシルクハットの代わりに大きな赤いナイトキャップをかぶっていました。また彼等はふくろうのように厳粛でした。彼らは両方の眼を同時にあけてはいられないようです。最初ドロシーは彼らがウインクをしているのだと思いました。でもみんなが開いている方の目でずっと凝視するので、ドロシーは笑いがふきだしてしまいました。ポーク国では今までだれも笑ったことがなかったものですから、思いもよらない音に婦人たちは驚いてかたつむりを持ち上げ、男性たちは手で耳をおさえたり、あるいは赤いナイトキャップの上から耳のあるところをふさぎました。

「これがのろまなポーク人なのね。」
ドロシーはくすくす笑いながら臆病ライオンを小突きました。
「会いにいきましょうよ。あんなに遅いんじゃ私たちの所までこれないわ。」

しかし臆病ライオンは
「足がおかしいよ。ふぁーふぁーむにゃむにゃ。どうしたら早くできるのやら。」
と下を向いたまま答えました。ドロシーたちがそうしようとしても本当に急ぐことができなくなってしまい、とにかく足を持ち上げるのがたいへんになってしまったのです。

「かかしくんがいてくれたらな。彼なら眠くはならないでしょうし、いつもどうするか知っていましたしね。」といってためいきをつくと、臆病ライオンはひたすらみじめに足をひきずって歩きました。

「かかしさんがいてくれたらと願うのはやめましょう。私の望みはただかかしさんを失いたくないだけよ。」
とドロシーはあくびをしながらいいました。

 悪戦苦闘しながらなんとか進み、のろまなポーク人のところへ着いたときには二人はへとへとに疲れてしまいました。ポーク人はは腕をバツ印にして持ち上げ威嚇してきましたのでドロシーたちはとまりました。

「あなたは。」
とポーク人はいい、それから口を閉じるとまるまる一分間うつろにけれどもじっとドロシーたちを見つめていました。

それから
「あなたー。」
と大きなあくびにまぜて言葉をしゃべりました。ドロシーは臆病ライオンがまたねむってしまいそうな様子だったので、帽子であおぎました。

「なんでしょう。」
ドロシーは逆に尋ねました。
「地下の。」
ポーク人は長い間をあけたあとため息をつき、ドロシーはポーク人が全く急がないのを見て数を数え始めました。ちょうど60数えたとき、ポーク人は赤いナイトキャップを戻して「つかまえる。」といいはなちました。

他のポーク人たちも
「つかまえろ。」
と大きな声で叫んだので、臆病ライオンはギクリとして目を覚まし、ペットのカタツムリは頭を突き出しました。
「ごめんだね。僕たちは朝ごはんが食べたいよ。」
臆病ライオンは機嫌が悪くなり、とうとう吠え始めましたが、あくびが邪魔をして獰猛には見えませんでした。

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(ポーク人は「Arrest(つかまえろ)!」っていうのね。
そこで臆病ライオンはarrest の r をとって
「A rest!? A rest is not what we want!  We want a breakfast!」って返します。
rest だから日本語だと一休みって感じですね。これもオズの言葉遊びね!
訳しきれませんでした。残念!)
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「おまえたちは・・」
ポーク人はつづけました。ドロシーはこんなゆっくりした話を立ったままで聞いていられませんでした。ですから、指を耳の穴にいれて叫び返しました。
「なぜつかまるの?」
と叫び返しました。するとポーク人たちはドロシーをキッと睨みました。それもいつもならどちらか閉じている眼を両方ひらきました。それから最初に話しかけたポーク人は一方の手で大きな開いた口を覆うと、もう一方の手で通りの角にある大きなポストに書かれた立て札をさしました。
『制限速度、一時間に四分の一マイル』
とありました。ドロシーは
「私たちスピード違反で捕まるらしいわ。」
と臆病ライオンの耳もとで話しかけました。臆病ライオンは
「フード、ごはんって言ったのかい?」
と聞き返し、起きあがりました。
「もし僕がまた食べる前にまた寝ちゃったら、飢え死にしてしまう。」
といいました。

--------------------------------------------
(ドロシーはspeedingっていうんだけれども
臆病ライオンはここでfeeding?
と聞き返します。またまた言葉遊び。
スピードいはん→フードごはん にしてみました
緊急事態でも言葉遊びをしてしまう臆病ライオンさんなのでした。
おちゃめ)
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「それでは、起きていてくださいね。」
とドロシーはあくびをしながらいいました。しかしすでにこのとき、ポーク人は周りをとりかこみ、むりやり前へ進むように体を押しつけてきました。ポーク人たちはとても機嫌が悪そうで、ドロシーと臆病ライオンは薄暗い灰色の城のほうへとよろよろと進んでいくことになりました。のちに二人ともこの時のことを覚えていませんでした。というのもポークの国では大口をあけてあくびをしていましたから、しっかり起きたままでいることはとうてい無理だったのです。しかしドロシーたちは眠たくても歩かなくてはなりません。やがてドロシーはゆっくりとしたしゃがれごえが聞きとれてきました。
「突き刺してやる、奴め!」
と大声がしてきたのでドロシーは目を開けました。巨大岩の広間には錆びた鎧がかかっていて、大きな石の椅子には鋼鉄のヘルメットをがちがちならせるほどの大いびきをかいて寝ている騎士がいました。一番のっぽでそばにいたポーク人が騎士に長い棒をもってちかづき一つき加えましたが、騎士は床に寝そべってしまいました。

「ああ。」あくびをした臆病ライオンは騒がしい音でめがさめたのです。そして「騎士が落ちている!」
といいました。ポーク人の責任者は
「囚人、ホークス卿。」
と大きな声で言うと、騎士を軽々と持ち上げ、電話をしているみたいにヘルメットにむかってしゃべり始めました。鎧を正しヘルメットの覆いを上にあげ顔を見せた騎士は気品がありました。ドロシーはこのときの騎士の姿をのちにオズマ姫に話した時、親切そうで、それでいてびくついた顔、憂いをおびた青い眼、ポーク人らしくないように見えたといいました。


 「このそうぞうしい騒ぎはいったいどういうことだ。」
ホークス卿はとらわれているドロシーたちを疑わしげに見てたずねました。
ドロシーは
「起しちゃってごめんなさい。でもね、朝食を恵んでいただけないかしら。」
と礼儀正しくいいました。臆病ライオンは
「できれば、たくさん。」
と舌舐めずりして付け加えました。
「歌うと守られる。」と騎士は悲しげに言うと、頭をのけぞらせ、高いかすれた声でうたいだしました。

あくびをするな、あくびをするな
息が切れちまう
立ち去りたまえ
 さもなくば死を!



臆病ライオンは脅すようにうなると、しっぽを鞭のように打ちならしました。
「もしあいつが缶のなかにいるのでなければ、食べているところです。あいにくと缶詰の肉は嫌いなのでそうしないだけです。」
臆病ライオンはうらめしそうにいいました。これを聞いてドロシーは
「缶の中にはいっているのではなくて、鎧に身をつつんでいるのよ。」
と教えてあげました。それからドロシーは臆病ライオンにそれ以上の注意をはらえませんでした。というのは、騎士がちょっと歌いだすとポーク人はおそろしいしかめっ面になり、歌い終わる頃にはドロシーが思っていたよりも速いスピードで急いで部屋から出て行ってしまったからです。


ドロシーは立て札になぜ『歌うな』と書かれていたのか考えました。なんとはなしにあたりの空気が澄み渡ったような気がして、もう眠けを感じることはありませんでした。

 最後のポーク人が見えなくなると騎士は石の椅子におごそかに座り、溜息をつきました。
「私が歌うと激しく怒こりだすのです。誓います。信頼において。やつらは音楽に耐えられないのです。起こしてしまいますからね。」
と騎士は説明してくれました。それから
「ところで、食べ物をご所望でしたね。朝食とたしかあなたがたはおおせでした。」
というと、くんくんと空気を嗅いでいた臆病ライオンを不安そうに見ました。騎士は剣で鉄の鎧をたたくと、太っちょでのんびりしたポーク人が広間にもぞもぞと入ってきました。
「ピッド、シチューをもて。」
とホークス卿がいいつけると、ポーク人はとまどいながらもゆっくり立ち上がりました。
「シチュー、ピット。」
(※シチュー、ピッドを連続して発音するとstewpid(まぬけ)の意となります。ここでも言葉遊びです。)
大声でわざといいました。それから鼻歌をならすとピッドは部屋を走って出ていってしまい、数分で大きな黄色いスープ皿を抱えて戻ってきました。そしてスープ皿を乱暴にドロシーに渡し、臆病ライオンにはたくさん入った銅鍋をよこし、ふくれて部屋を出ていきました。


ドロシーは今までに食べたことのないようなおいしいシチューを食べました。臆病ライオンは自分の分け前を目を閉じてごくごく飲んでいました。大変申し訳ないことに、二人ともホークス卿にお礼をいうことさえ忘れていました。騎士は
「乙女よ、あなたはことによると遭難しているのですか。」
と声をかけましたが、ドロシーは皿から顔をあげると騎士を物足りなそうに見たので本当に驚いてしまいました。
「ポーク国に入り込んでしまった。まぁ、あなたが言うように遭難しているのと同じことです。」
と臆病ライオンは騎士には目もくれずに言いました。
「私たち、迷子なの。でもね」
とドロシーがしゃべりはじめました。騎士にはなんというか古風で温和なところがあり、一緒に話しているとまるで昔からの友人のようだということに気づきました。ですからドロシーはエメラルドの都をでてから起きたことを全部はなし、さらにかかしがいなくなってしまったことも話しました。


「変わったところをぬけてこられたのですな。しかるに元気になりましたな。」
とホークス卿はつぶやくと、今度は自分が話し始めました。
「私が少々時代遅れでも、責めることはなさいますな。私は何世紀もの間この灰色の館でうとうとしておりました。私のまわりの状況はおおいに変わってしまったんですね。この獣にしろ、まっこと男らしくしゃべりなさる、それからあなたがおっしゃった王国、オズでしたっけ。かつて聞いたことがありません。」
ドロシーは
「オズを聞いたことがないの?あなた方はオズの住人で、ポーク国はオズの中にあるのよ。場所はどこだかわからないけど。」
とやつぎばやにいいました。ドロシーは妖精の国の歴史や、オズの国に来てしまってから出会った冒険の数々をホークス卿に話してきかせました。ホークス卿は聞いていてだんだん憂鬱になってしまいました。
「考えるに、そのすべてが起きていたとき、私は囚われの身だったのです。」
と悲しげにいいました。
「あなたが囚人ですって?」ドロシーは驚きをかくせませんでした。「私はあなたがポーク国の王様だと思っていたんだもの。」
といいました。
これを聞いたホークス卿は「なんたること。私は騎士だ!」と大声をあげたものですから、ドロシーは飛び上がってしましました。

 ドロシーの様子を見て、ホークス卿は自分を抑えました。
「私はナイトだったのです。」
ホークス卿はとぎれとぎれに続けました。
「昔も昔、馬にまたがり、父の城から剣をとても強い王様に献上するためにやってきました。王の名は。」
ホークス卿は額を指でトントンとたたきましたが
「次にいきましょう。忘れてしまいましたから。」

ドロシーは好奇心で大きく眼を開けて
「王さまってアーサー王だったのかしら。だったら、なんで今まで生きてられたのかしら。」
といいました。

「そうなんですよ。私はまだ生きながらえている。なにもかも忘れてしまったのに。私はどうやって話すのかすら思い出せないのに。」
と、喉をつまらせながらみじめそうに認めました。

「じゃあ、どうやってここにきたのですか。」
と臆病ライオンが口をはさみました。

「敵に遭遇するまえにこっそりと、父の城を抜け出しました。」
ホークス卿は姿勢を正して座りました。
「敵に出会うと戦いを挑まれるのです。私は馬をどんどん進めると、槍と槍があたり、敵は落馬しました。私の思うに奴は不死身の騎士だったのです。」
といってホークス卿は深いため息をつくと黙りこんでしまいました。

ホークス卿は二人のことを忘れているように見えたのでドロシーは、
「なにがあったの。」
と興味深々でたずねました。

「その騎士は、」といってホークス卿はもうひとつ大きな溜息をつくと
「その騎士は槍を地面に突きさして『みじめに暮らせ。世界の果てのまぬけな国で何世紀もな。』といって消えてしまったのです。そしてここに、ここにいるのです。」
絶望の身振りでホークス卿は大粒の涙をぽろぽろ鎧にこぼしました。

「私は勇敢です。とても勇敢です。でもどうして危険に出会うなんて察知できたでしょうか。友よ。私を見てください。この私は騎士でありながら本物の冒険にも出くわしてなければ、ドラゴンも殺していない、レディをお守りしてもいないし、宝探しの旅にも行っていない。」
といってドロシーの前にひざまずくとドロシーの手をとり、
「私を勇敢なかかし殿を探す旅にお連れ下さい。私をあなたのナイト(騎士)にしてください。」
と懇願しました。
「ナイトといっても、グッドナイト(おやすみなさい)だね。」
と臆病ライオンは嫌味をいいました。実をいうと臆病ライオンはちょっぴり嫉妬していたのです。でもドロシーはどきどきしました。ホークス卿はドロシーに懇願するように見つめ続け、ドロシーは髪のリボンをほどき、騎士の腕に巻きつけてあげました。

そしてかつて読んだ本のとおりに
「あなたを私の真のナイトとします。」
と厳粛に申し述べました。

この二人の誓いに臆病ライオンはものすごいあくびをくらわしました。ホークス卿は大きな叫び声をあげて飛び上がりました。ポーク人が広間に戻ってきてしまったのです。ドロシーはまた眠くなり始めていると感じました。

進め進め
馬よ前へ
再び戦にむかおうぞ
レディを守り戦うぞ
いざ君主よ、進め進め、ご機嫌うるわしゅう



ホークス卿はあたかも自分が軍隊をひきいて戦っているかのように金切り声でさけびました。ポーク人は両眼をあけましたが、すぐに退散しませんでした。ホークス卿は勇敢にもあくびをこらえ、咳払いをすると、どうやら即興でつくったらしい別の歌をがなりはじめました。

立ち去れ、消えろ、行ってしまえ
思うにわれら
昼寝となりそうだ



 このときポーク人は不機嫌そうに立ち去りました。しかし、ポーク人が居たことで三人は大口をあけてあくびをさせられるはめになりました。
「もし眠りに落ちたら、お守りすることはできません。」
ホークス卿は動揺したこえでいい「ふぁぁぁぁ。」とあくびをしました。
騎士が両眼を閉じたものですからドロシーは「目を閉じちゃだめよ。閉じないで。」 といって騎士を乱暴にゆすり
「ねえ、逃げられないの?」
とききました。

「500年前にやってみました。」ホークス卿は泣きながら落胆した声でいいました。「しかしですな、いつも門につくまえに眠りこんでしまうんです。そしてここにつれもどされる。やつらはゆっくりの道で私を見つけてしまうにちがいない。」と申し訳なさそうにいいました。

臆病ライオンは500年間もポーク国にいることになったら耐えられないだろうと心配になって
「歌い続けることはできなかったのかい。」
とききました。

ドロシーは
「私たちみんなで歌ったらどうかしら?きっと三人でなら、すぐに眠りこまないんじゃないかしら。」
と提案しました。臆病ライオンは体をゆすりながら
「私はたいした歌い手じゃないけど、喜んで歌いますよ。」
といいました。ホークス卿は
「私は貴殿が好きだ。ナイトにふさわしい。」
と言うと、満足そうに臆病ライオンの背中をばんばん強くたたきました。

ライオンは目をぱちぱちさせました。というのもホークス卿は鉄拳ついた手でそうしたのでひどく痛かったのです。でも、これは親しみからくるものと分かっていましたので、勇敢にもそれに耐えたのでした。

ホークス卿は鎧をまっすぐに立て直しながら
「これより、私はライオン殿に忠誠を誓います。」
とドロシーに向かってつぶやきました。そして鉄の火かき棒をもってくるとドロシーに手渡しました。

「これでわれわれを起こしてください。」と説明すると「それではドロシー姫用意ができましたら、われわれは尊敬すべきかかしどのを探究しにまいりましょうぞ。なお、歌うことをお忘れなきよう。あなた様の人生を歌いなされ。」

Chapter V: Sir Hokus of Pokes

6章: 歌いながら、ポーク国脱出

大きく息をすうと、ホークス卿、臆病ライオン、ドロシーの三人はあらん限りの声で歌い出しました。
「三匹のねずみちゃん!」
とドロシーは歌い
「平原をこえて!」
とホークス卿は歌い
「俺様オズの臆病ライオン!」
と臆病ライオンは大声をはりあげました。

ポーク人はけたたましい音をきいたものですからあちらこちらからでてきました。その間に三人は城の外に出て、今は灰色の中庭を歌いながら通り抜けようとしているところでした。ドロシーは三匹のネズミを歌い、ホークス卿は古典のバラッドの詩を吟い、臆病ライオンは自作の歌をどなって歌いましたが、臆病ライオンが作ったという歌ははじめて作ったわりにはなかなかのものでした。

「俺様オズの臆病ライオン
従え、立ち去れ、気をつけろ
俺様を怒らすと、ガァオーガルルル
わかったか。」


ポーク人達がつまづいている間に三人は順調に進むことができました。しかしそれもクロケットをしている人々のところまででした。ドロシーときたら、ポーク人たちがクロケットの木づちを持ち上げるのがあまりにも遅いことが気になってしまい、そのあとどうなるのかを見るために立ち止まってしまったのです。

「止まらないで。歌うんだ!」
臆病ライオンは境界線の真ん中でさけびました。無駄にした時間を取り返そうとドロシーは目を閉じて今まで以上にしっかりと歌いましたが、ああ、なんとしたことでしょう。次の瞬間にはクリケットのウィケット(※クリケットは野球に似たスポーツ。ボウラー(投手)はウィケットをめがけて投げ込み、バッツマン(打者)はウィケットを守りながら、甘い球を得点にしていきます。ウィケット、スタンプ、ベウィケットにボールが当たるとバッターアウトになります。)につまづいてしまいました。息があまりにもきれて、よじ登ろうとすればそうできたかもしれないのに、もはや歌うことしかできませんでした。それからほどなくドロシーの歌がやみました。ポーク人は走るのをやめて、大きく口をあけているドロシーの前で止まりました。ホークス卿は命がけで歌ってドロシーの腕をひっぱりました。臆病ライオンはポーク人が耳をふさいであとずさりするほどの野太い声をだしました。


「騎士参上!こっちだ、こっち!」
とホークス卿は歌い、ドロシーはすすみ、数分後には三匹のネズミの歌を歌えるようになりました。でも走ることと歌うことを同時に行うのは容易ではありません。ポーク国で走るのは、水中を走っているようなものなのです。これがどれほど大変なことか、みなさんご存じでしょう。

 臆病ライオンはエンジン音のようにごうごうと歌いましたが、 「三匹のネズミちゃん、ふぁぁ、三匹の・・・・ねずみ・・・・他の歌詞がでてこないわ。三び・・・」
かわいそうにドロシーはつぶやいていましたが、前につまずいてしまったのです。庭にいたポーク人達は最初の大合唱の音から回復し、安全な距離をあけてすぐあとからついてきました。町の門はすぐそこですが、ドロシーはあともう一歩が進めないように思われたのです。

 ポーク人の一団が門前に集まってきました。もし三人が歌を歌えなくなったら眠りにおちるので、三人は不名誉にも城につれもどされてしまうでしょう。


「思い出すんだ。かかしどののために。」
三人は大きく息をすうと、最後に残った力をこめて声を出しました。しかし、ずるがしこいポーク人は耳の穴に綿をつめて、小さな手押し車をおしながら近づいてきました。

ポーク人は
「どうぞ・・・・!」
といいました。ドロシーは何をするのか分からないままポーク人からアイスクリームコーンを受け取りました。

「ふぁぁぁぁ!ホーキーポーキーじゃないの!」 ドロシーは早口で言うと、ピンクのアイスクリームを大きくひとかじりし、喜びのためいきをつきました。喉の乾いていたドロシーにとって、とてもひんやりしていておいしかったことでしょう。ドロシーはもうひとくち食べようと口をあけると、おおきなあくびとなり石畳の道にドスンとくずれおちました。


「ドロシー!」
ホークス卿は情けない声でいうと、歌うのをやめて少女に覆いかぶさりました。かわいそうに臆病ライオンは絶望を飲み込むと、声を詰まらせながらもすごい声で歌い二人の元に駆け寄りました。ポーク人達はお互いにうれしそうにうなずくと、責任者のポーク人は三人に長くて太いロープを持って慎重に近づいてきました。臆病ライオンは人一倍がんばりました。ホークス卿が崩れ落ちようとしているのをが見えたので、全ての力を出し切ってホークス卿の上にとびのりました。ホークス卿は崩れ落ち、鎧は出口につづく石畳の道にぶつかりカーンと音をたてました。

臆病ライオンは
「歌うのだ!」
と激しくホークス卿をにらみつけていいました。ライオンが落ちてきたのでホークス卿は目が覚めましたが、立ち上がる力はありませんでした。硬い石の上に座ると臆病ライオンを非難するように見て、バラッドをいい加減にはじめました。臆病ライオンの心臓は息切れと恐怖で張り裂けそうでしたが火事場の馬鹿力をだし、自分の歌をわめきました。ポーク人責任者をはねとばし、ロープを取り上げ、まぬけなやつらがあくびをしていたところまで挽回しました。
「腰に巻きつけろ!ドロシーさんをかかえて!」
と臆病ライオンは口の端であえぎながらいいました。ホークス卿はうとうとしていましたが、臆病ライオンにいわれたことはなんとかできました。次に臆病ライオンは何食わぬ顔で歯ぎしりをすると、ロープのもう一方の端を口にくわえ、ポーク人の集団に突進しました。


 ドスン、ドスン、ドスン、ババババーン。あたり一面に大きな音がひびきホークス卿は砂利の上にたおれこみました。ホークス卿の一方の腕にはヘルメット、もう一方の腕にはドロシーをすばやくかかえていました。ポーク人はあちこちにたおれこんでいました。というのも臆病ライオンは、門をでて昨日歩いていた舗装されていない道に出るまではけっして止まるまい、と決めていたのでそうしたのです。臆病ライオンは舗装していない道までたどり着くと、おおきく息をはきロープを放しました。それから丘をごろごろと落ちるところまで転がると、極度の疲労と息切れにみまわれ、横たわりました。

 丸石にぶつかったホークス卿はすっかり目が覚めました。ホークス卿はまったくもってかわいそうなことに、あざだらけで鎧の要所要所は恐ろしいまでにへこんだりこすれたりしていました。

 かなりゆさぶられたドロシーは目を開いて弱々しく
「三匹のねずみちゃん。」
と歌い始めました。
「もう歌う必要はない。」とホークス卿は息をきらしていいました。
そして膝からドロシーをおろすと姿勢を正していいました。
「あちらの立派な獣は、我々を救い出してくれました。」


 ドロシーは少しくらくらしていましたがあたりをみまわして
「ポーク人はここまではこないかしら。」
といいました。


「ポーク人は、国を離れられないのです。」
と騎士が伝えると、ドロシーは 安堵のため息をつきました。しかしホークス卿はというと、その顔はゆゆしきことといったおももちでした。


 「私は最初の冒険においてしくじってしまった。臆病ライオンがいなかったら我々はポーク国で囚われの身となってしまっていたことでしょう。」
と悲しげにつぶやきました。そしてヘルメットから羽飾りをはずすと
「私ごときは身には、これをつけるに値しない。」
とため息交じりにいました。ドロシーは騎士を精一杯なぐさめましたが、ホークス卿は羽飾りを元に戻すことを断りました。最終的に羽飾りはドロシーの洋服につけられ、二人は臆病ライオンのところへ歩いていきました。


 臆病ライオンのすぐそばには小さな泉がありました。二人はヘルメットに六杯の水を汲んで臆病ライオンの頭にかけてあげると、臆病ライオンはまぶたを開きました。

「ほんとうによく戦った。こんなふうに戦ったことは・・・・ないよ。歌うだなんてね。」
とあえぎあえぎ臆病ライオンは言いました。

「気高きお方、私はどのように恩返しをしたらよいのやら。ああ、私ときたら、戦のさなかで失敗ばかり。」
ホークス卿はためらいながらいいました。

「全ては勇気のおかげ、というわけではないよ。僕はもともと一番声が大きかったし、肺活量も大きかったということさ。あなたはボコボコになっちゃったね。」
と臆病ライオンはきまり悪そうにいいました。ホークス卿は自分の鎧を悲しそうに見ました。後ろの部分が完全につぶれていました。

「気にすることはない。敵にくれてやるさ。」
とホークス卿は果敢にもいいました。

「あら、本当の騎士が話しているみたいだわ。ちょっと前にあなたいったじゃない、むこう側では・・・ふさわしいって。とにかく『話し方は、ひととなり』でしょ。」
とドロシーは言いました。ホークス卿の顔は喜びで輝きました。

「こん棒でも警棒。」
「少女にいつわりはなし。」
そして姿勢をただして
「一度やったら、rest(のこる)は簡単。」
と叫びました。
「ここでrestなんていわないでください。ふぁーふぉーふぅー。それを考えると、あくびがでます。そろそろ出発したほうがいいと思いませんか。」
臆病ライオンはゆっくりと立ち上がっていいました。

「もう少しrest(休憩)したら‥‥」とドロシーがいうと、臆病ライオンは前足で耳をふさぎました。その格好がおもしろかったのでドロシーもホークス卿も心から笑ってしまいました。

ドロシーが「もう準備ができたならば・・・。」
と言い直すと、三人の冒険家はけわしい道を進み始めました。
「まず最初にすることは、なるたけ早くエメラルドの都にもどりましょう。」
と少女はいいました。

 ちょうどこのとき、オズの良い魔女グリンダは、カドリング国の宮殿で、魔法の書にかかれたことで頭を悩ませていました。この本は世界で起きたことなにもかもすべてを伝えてくれるもので、詳しいことまではわかりませんが、とても役に立つものなのです。

「シルバー島の皇帝が民のもとへ戻ってきた。」
と書かれていました。

 「シルバー島の皇帝って誰かしら。」
とグリンダは独り言をいいました。長いこと悩んだあげく、妖精の国オズには関係ないだろうと判断して、本を閉じて宮殿の庭へ歩いていってしまいました。

 グリンダがそうしている間にドロシーとホークス卿と臆病ライオンは薄暗い森の最初の立て札のところまでたどり着いていました。この立て札が旅人をポーク国へ向かわせたのです。道は森の中を二手にわかれていたので、よく話し合った結果、広い方の道をゆくことにしました。

「エメラルドの都につづいているかな。」
と臆病ライオンは疑わしそうにききました。

「時が告げるさ、時がね。」
とほがらかにホークス卿はいいました。
「そうですか。あのそれで『時が告げる』って、なあに?」
臆病ライオンはつぶやきました

Chapter VI: Singing Their Way Out of Pokes

7章: かかし皇帝になる

 かかしは玉座から身をのりだして、古めかしい男が話し始めるのをいまかいまかとまちました。灰色の肌の家臣たちは心待ちにその老人をみつめました。そしていよいよ緊張の糸がきれると、この年寄りの重臣は腕をなげだして泣き始めました。
「魔法の豆の木の予言のとおりになりました。輝いて高尚な"クロッかかしさま"こそチャンワンウーの精神、全能のかた、ついにお戻りあそばしました。私こと大老チュウチュウは、シルバー島の皇帝である素晴らしい"クロッかかしさま"にひれ伏します。」
そして宮廷家臣たちも同様にひれふしました。

 ふいをつかれたかかしは、二、三フィート飛びあがり、玉座につづく階段にドサリと身を落としました。かかしはいそいで玉座に這い上がり、豆の木からつみとった扇子と傘を拾い上げました。
「ムシノスケ教授にきかせることができるぞ。それには気をつけて、しっかり思い出さなくてはならない。」とかかしはいうと、満足げにすわりなおしました。


大老チュウチュウが最初に立ち上がり、腕をかかえておごそかに尋ねました。
「ご命令を、なんなりと。いにしえより偉大なるクロッかかしさま。昔をお忘れかもしれませんが。」
戸惑いながらかかしに命令を求めました。

 かかしは「それでは"クロッ"をはぶいてくれないかい?」と申し訳なさそうな声でお願いしました。「さっきよりはよく考えることができるようになったと思います。私は中国あたりにきてしまったのかな。あなたは中国人ですか。それとも・・・」

かかしがいいかけると、大老チュウチュウは
「われわれはシルバー国人です。中国の遠縁でもっともっと古い人種です。中国人は太陽の元に暮らす人種ですが、われわれは星の元に暮らす人種なのです。陛下はお忘れでいらっしゃいますか。」
と丁寧に答えました。


 「そうなんだ。」
かかしは考え深げにあごをゆっくりさすりながら「シルバー国人だったんだ。」と言いました。そしてゆっくり謁見の間を見渡しました。

 オズマの宮殿ですらこれほどはかがやいてはいないでしょう。にぶい銀色をした石の床はふわふわの青い敷物で覆われています。 家具、いす、ついたて、およびすべてが宝石をはめこまれた銀で作られているのです。高い天井には、すかし細工をした銀のランタンがつりさげられ、細長い花瓶にはピンクとブルーの花がいけられ、その花がかもしだすいい香りは部屋中にひろがっています。壁のいたるところ、それから槍持ちの槍の先端には、銀の星の刺繍をほどこした青い旗がはためいていました。銀は豊富と見えて、靴も銀で飾られています。窓からは百の銀のチャイムのやさしい音がわずかにきこえてきます。かかしは素晴らしい財宝にただただとまどうばかりでした。
 確かに宮廷人はかかしのことを皇帝と呼びました。しかしどうしてかかしが皇帝になるのでしょうか。かかしは大老チュウチュウに話しかけようとふりむきました。かかしが目をむけると、すでに家臣たちは視線が注がれるのをまっていました。かかしはかすれた声で
「二人っきりで話したいのですが。」
といいました。大老チュウチュウが手を横柄にふると、宮廷人たちは銀錦の服の音をたてて大広間を立ち去りました。

 かかしは、
「とても丁寧におじぎをなさるんですね。でもわたしは丁寧におじぎをしてほしくはないのです。」
と玉座で落ち込みながらつぶやきました。
「そのようなたわごとを。もし別の方が私の足元におちてきたなら、やはりその方に丁寧にひれ伏します。」
と大老チュウチュウは言いました。

 かかしは再び大広間を見渡し、それから大老チュウチュウのほうへ向きなおると尋ねてみることにしました。
「わたしは誰で、どうしてこうなったのかを教えていただきたい。」
大老チュウチュウは
「あなたさまが誰で、どうしてこうなっているかということですが、まずあなたはかの高名なチャンワンウー皇帝陛下であらせられます。と申しますか、もっと正確に言うならチャンワンウー陛下の精神でございます。」
といって説明しはじめました。

かかしは疑わしそうにじろじろ見ながら
「ふむふむ。それで私は気がいいわけだ。でも私は精神だけではなく、こうして人として存在している。」
いいました。

 大老チュウチュウはかかしの言い分を無視して
「どうしてこうなったかとおしゃりましたな。」
とつづけました。
「50年前、ゴールデン島の国王を打ち破ったあとのことでございます。魔術師がこの領域へはいりこんだのです。この魔術師は意地悪な王に雇われて、貴方様がねむっている王宮の部屋へしのびこみ、魔術でクロッカスに変えてしまったのです。」

「なんと!」
かかしはおもわず叫ぶと、心ならずも身震いしました。

大老チュウチュウはつづけて
「そして、誠実な皇后陛下がいらっしゃらなかったら、あなたさまはこの帝国内でずっと行方不明となってしまっていたでしょう。」といいました。

「妻だって?」かかしはよわよわしい声brを出すと
「私に妻がいたのかい?」とききました。

「皇帝陛下、お許しいただけるならお話をすすめます。」
といって大老チュウチュウは厳格にお辞儀をしました。かかしはうなずきました。
「奥方様であるツィンツィン様は、それはお美しい方で、どんどん弱っていくクロッカスを手にすると、そちらにございます広間の中ほどにある銀の鉢に入れたのです。皇后陛下は御自身の涙でクロッカスにうるおいをあたえて三日間お世話をなさったのでございます。三日目の朝、皇后陛下がお目覚めになるとクロッカスがあったところに大きな豆の木が伸びていたのでとても驚きました。豆の木は宮殿の屋根をつきぬけ雲までいたり、その先は見えなくなっていたのでございます。」
かかしは見上げながら
「ああ。私の家系図、豆の木だ。」
とつぶやきました。

「豆の木のわきにはくしゃくしゃになった羊皮紙が落ちていました。」
大老チュウチュウは着物の袖の中をさぐると、少しばかりしわになった銀の紙をもちだし、眼鏡を直してゆっくりと読み始めました。

「この魔法の棒に最初に出会えし者・・・世界のもう一方において・・・チャンワンウーの魂がやどる。 そして、この日から50年ののち人々を守るために戻るであろう。」

 大老チュウチュウは眼鏡をはずすし銀の紙をたたみました。
「そしてついにその日が来たのです。あなたさまは豆の棒をおりてこられ、まぎれもなく皇帝陛下の、クロッカスの化身である、クロッかかしさまなのでございます。私はこの50年間シルバー島をきりもりしてまいりました。それからご子息とお孫さまを見守ってまいりました。今日にいたりましては、お優しく尊とき君よ、この老いぼれを国務からはずしてくだされませ。」といいました。

 「息子に孫だって!」かかしはむせかえると、とても不安になってきました。
「いったい私は何歳なのですか?」

 大老チュウチュウは額に手をあてて深くお辞儀をすると、
「陛下は私と同じく年寄りでございます。言うなれば成熟し栄誉ある85歳で、陛下は輝ける有益なお年でございます。」と答えました。

かかしは
「85歳・・・・!」
と言葉をつまらせ、歳をとって皺ができた大老チュウチュウの顔を狼狽しながらみつめました。そして
「予言の紙をこちらで見せておくれ、チュウチュウ。あなたのいうことがそうなのかを。」
といいました。

大老チュウチュウは
「仰せのとおりに。永久に尊敬される方。」といってかかしに予言のかかれた紙を渡しました。

 予言を見せてもらったかかしは、大老チュウチュウの話を本当とおもわざるをえませんでした。マンチキンのとうもろこし畑にあった棒、それは農夫がカラスを追い払うためにたてたとかかしはすっかり思い込んでいたのですが、実は魔法の豆の木で、そこから皇帝チャンワンウーの魂を受け継いでいたのでした。
「それだから私は賢いのか。」
とかかしは考え深げでした。かかしは家族を探してここまできたのですから、いまや喜ぶべきなのですが、自分は皇帝で息子と孫がいて、年寄りでといったもろもろの予期せぬことで、息もできないほどでした。

 「予言は私がこの国の人に戻るようなことを言っているのかい?」
と心配でたずねました。というのも大老チュウチュウのような年寄りに戻ることはうれしくなかったからです。大老チュウチュウは
「シルバー国人に戻るとはいってません。しかし我々の国には賢い魔術師がおりますから、この問題に関しては彼らにただちに解決させるようにしましょう。」
と申し訳なさそうにいいました。かかしは
「まあそのようにいそがなくてもいいよ。」
といいました。というのも機会があり次第すみやかに魔法使いを締め出すと密かに決めたからでした。
「私はむしろこの格好のほうが好みでね。ごらんのように食べ物はいらないし、疲れないし、それに年もとらないよ。」
すると大老チュウチュウは
「王衣をお召しになれば多少お隠しいただけます。」
というと手パンパンとをならしました。すると背の低い従者が広間に飛び込んできました。
「王衣を。すばしっこい者よ。こちらのまばゆい皇帝陛下のために。」
といって大老チュウチュウは手を振りました。すぐさま家来は華やかな紫サテンの王衣をもってきました。この王衣は銀の糸でししゅうがほどこされ、宝石がたくさんついていました。銀の布でできた帽子のつばは上にそりかえっています。かかしは紫のローブにきかえると、古いマンチキンの帽子をぬいで皇帝の王のかぶりものに替えました。

 かかしは
「どうかな、チュウ。」
と心配そうにたずねると、大老チュウチュウは
「まったくもって過去の皇帝陛下のようでございます。ただし・・・。」
というと部屋を飛び出しました。そして広間から叫び声があがったかとおもうと、すぐに長くて輝く銀色の辮髪(三つ編みにされた髪)をもってきました。この辮髪はあきらかに召使の頭からはずしてきたものでした。大老チュウチュウは、かかしのかぶりものをはずすと、この辮髪を頭の後ろに止めました。そしてかかしの目の前に立つと、とても満足そうに、
「ああ、この姿を皇后陛下が御覧あそばしたら。」
といいました。

 「どこに、どこに皇后はいるのかい?」
かかしはそわそわとまわりを見渡しながら尋ねました。長きにわたるオズの国での自由な暮らしは、家族のことを考えると似つかわしくないものだったと反省しました。

 「ああ、悲しいかな!」大老チュウチュウはため息をつくと着物の袖で涙をふきながら
「皇后さまはもうこの世にはおりません。」
といいました。

 かかしもあきらかに動揺ながら
「それでは彼女の肖像画をみせておくれ。」
といいました。大老チュウチュウは壁際へ立ち、絹のひもをひきました。するとそこには大柄で妙に小さい目と妙に大きい鼻をした女性の絵が現れました。


「美しくありませんか?」
大老チュウチュウはお辞儀をしながら尋ねました。

 これをみたかかしは心を奪われ
「・・よりも美しい・・・・・いやいや美しい。」
といいなおしました。このときかかしは、愛らしいオズマやドロシーのことがうかんできたのです。すると全ては急に逆転して、オズに帰りたいと思ったのでした。いまのかかしにはシルバー島やここでの生活の記憶がまったくありませんでした。とにもかくにもかかしはだれなのか、オズのかかしかはたまた皇帝チャンワンウーか。両方というわけにはいかないでしょう。

 「おお!」大老チュウチュウはかかしが動揺しているのを見ました。
そして「奥方様のことを思いだされましたかな?」
とききました。かかしは内心震えながらも、とにかくうなずきました。

 「そころで私自身はどんなだったのかな。チュウよ。」
とかかしは興味深々でたずねました。大老チュウチュウは皇后の肖像画の隣のひもをひき、50年前のチャンワンウーの絵を見せました。皇帝の顔は穏やかで陽気、この際正直に申し上げると、かかしの姿や風貌そのものでした。「自分にそっくりだな。」かかしは我を忘れていいました。
そりゃそうですとも、実際には自分なのですから。

「あなたは非常に高貴で男前でした、あーいやいや、今も高貴で男前です。」
大老チュウチュウはどもりながら言いなおしました。

 かかしは自分を近くでもっとよく見ようと王座から降りたのですが、その時に小さな扇子とパラソルを落としました。かかしが豆の茎からもぎとったもので今の今までこれらを良く見る時間などなかったのですが、、こうしてよく見てみるととてもかわいらしいものでした。

「ドロシーなら気に入るだろうな。」
とかかしは思い、王衣の内側にある大きなポケットにしまいました。このときすでにかかしの心の片隅には、いつかオズに帰るという妙な考えがあったのです。かかしは大老チュウチュウにすばらしいオズ国のいきいきとした情景をおしえてあげようとしましたが、老人はあくびをし、扉に向かって手を振って合図すると、「あなたさまは現在の領地をお調べになりたいと思わないのですか?」といってかかしの話をさえぎりました。

 「そうしてもいいですよ。」
かかしは大きくため息をついたあとで大老チュウチュウの腕をとりました。そしてもう一方の手では、かかしにはちょっと丈の長い着物をたくしあげ、立派な大広間のほうにひょろひょろとおりていきました。二人が庭を通りすぎようとしたあたりで、小太りのシルバー人が出入り口のあたりにそっとあらわれました。右手にドラ太鼓のばちをまっすぐ持ち、首には大きな太鼓をつりさげています。

 太鼓もちはかかしににこにこほほえみました。

チャンワンウーさま、素晴らしき方
素晴らしき方がもどられた
気高き銀のかかしさま
とどろかせたまえ皇帝の響き!
小男は高いかぼそい声で皇帝賛美を唱うと、ばちを太鼓に振りおろしさわがしい音を鳴らし始めました。

「やめてくれ。」
とかかしはさけぶと前に出て腕をつかみ「それを鳴らすことは禁じる!」といいました。

「それでは私の仕事がなくなってしまいます。」
といって太鼓持ちはうつむきました。そして
「ああ、お優しいお方、私のことを思い出していらっしゃらないのですか。」
といいました。

かかしは気の毒になって「覚えているとも。で、どなたですか?」
といいました。

小男は
「ああ、少しもハッピー・トコのことを覚えていないのですか。」ととぎれとぎれにいうと、小男の頬に涙がつたって落ちて行きました。「私はまだ子供でしたが、貴方様は私のことを好いて下さっていました。」

「どうしたのかい。もちろんタッピーのいうとおりだよ。」
と小さな人の感情を傷つけたくなくて、かかしは言いました。


それから「ところでなぜドラをたたくのかい?」と尋ねました。
すると大老チュウチュウが話にはいりこみ
「あなたさまが近づくとならすのが習わしでございます。」
とさも重大そうにいいました。

 かかしは「習わしだったのだ。」としっかりした口調でいいなおしました。
「忠実なるタッピー・オコよ。二度と私の面前で鳴らしてはならない。あまりにも動揺しちゃうんでね。」と伝えました。
かかしがそういうのももっともなことで、太鼓をひとたたきするごとに体の軽いかかしは空中に投げ出されてしまうからです。

 大老チュウチュウは手をパンと鳴らし「おまえはクビだ。」
といいました。太鼓持ちは悲しくて悲しくて泣き始めました。

「さあさあ、泣きやんで。 太鼓を鳴らす以外にできることはあるかな。」
とかかしはやさしくたずねました。

 「私は歌をうたうことができます。それから逆立ちができます。それから冗談がいえます。」
ハッピー・トコは鼻をくすんくすんならすし、足をもじもじさせながらこたえました。

「それはすばらしい。ではあなたは今後皇帝の冗談係としよう。それではついて来てください、我々は島の視察にいくところなのです。」
とかかしはいいました。

 大老チュウチュウはハッピー・トコにむかってひどく眉をしかめたので、トコは恐怖で膝が震えました。

「召使ごときが皇帝や吾輩についてくるなどもってのほかです。」
と大老チュウチュウは怒っていいました。

 かかしはとても驚いてしまいました。というのもオズの国ではみなが平等でしたから、チュウチュウのように考える人などいなかったのです。しかし今は口争いをしている時間はなさそうです。かかしは大老チュウチュウの背後で大っぴらにウインクをしてみせました。

 「またね、タッピー。」
かかしは優しく声をかけ中庭へ出ていきました。するとそこには、衛兵にぐるりと囲まれかつぎ手に護衛をされた素晴らしい銀の輿がかかしを待っていたのでした。

Chapter VII: The Scarecrow is Hailed as Emperor

8章: かかし、シルバー国を見てまわる

 かかしがシルバー国に落ちてきてから二日がすぎていました。皇帝という仕事は思っていたほど楽しいものではありませんでした。シルバー国は十分に美しかったのですが、シルバー国の皇帝であることは、かつてオズの国を支配していたような単純な事柄ではありませんでした。帽子の後ろについている豚の尻尾のようなおさげ髪は気が散るし着物にはいつもつまづくし、なかなか慣れませんでした。かかしの目下の悩みは人々がとても喧嘩っぱやく、いつも相手の三つ編をひっぱったり、他人の果物、傘、銀磨き粉をぬすんだりしていることでした。大臣の大老チュウチュウ、責任者チョウチョウ、ムグンプ元帥も良いというわけではなく、宮殿の平和はかかしの知恵にすべてかかっていました。

 昼間は王立裁判で罪人の裁定、17人の秘書と面接、輿にのって外出、来客の諸国君子と談話、夜は銀の大広間に座ってランタンの明かりで儀式の本を読み勉強をしました。そして大老チュウチュウがかかしに良かれと思って教えてくれた礼儀作法は、とてもびっくりすることでした。かかしがいつもしていること、たとえば皇帝の傘をよけるとか、召使に親切に話しかけるとか、庭を一人で歩くなどは間違いだというのです。

 王宮にはとても豪華な備えがあり、かかしのローブは五百着以上も用意されていました。庭はきらめく滝、蜜柑の木、銀の寺院、塔、橋など言葉にならないほど美しいものでした。ポピー、バラ、蓮、百合のいい香りがただよい、夜には千個もの銀のランタンがともされまさにおとぎの国となるのでした。

 草木はほかの国のように緑色でしたが、空はちいさな銀色の雲が無数あり、島を囲む水域は美しい銀色の液体におおわれ、すべての建物や塔は金属のきらめきでおおわれているのですから、それはそれはとまどうばかりに美しかったのです。

 それなのにシルバー島の民はこれには気づかずに、この美しさに感謝をしていませんでした。かかしは
「この美しさをどうにかしようとしても、私とともに楽しんでくれる人がだれもいない。それに遊ぶ時間もない。」と嘆きました。

 オズでは、オズの統治者オズマ姫が、ドロシーやベッツィ・ボビンとなわとびをしたり、宮殿のコックとクロッケットをしても誰もおかしいなどとは思いませんでした。しかしここではどうしたことかすべてが違うのです。かかしが庭師の少年と思い切ってボール遊びをすると宮廷はひと騒動となりました。まずかかしはすべての人を喜ばそうとしてみました。しかし宮殿では何をしても誰も喜ばないことがわかりました。そこでかかしは自分で自分を楽しませることに決めました。


二日目の晩は
「私は皇帝であったとしても、きつねざるを飼ったりはしない。誰か気の合う人とおしゃべりをする!」
かかしはそういうと、銅像にむかって手をふり、しきたりの本を噴水に放り込みました。そして翌朝、かかしは断固とした決意をもって玉座につきました。

 すぐさま家臣たちはひれ伏しました。かかしの腕と脚は家臣たちがひれ伏した時のたときにおきた風にあおられてなびきました。

かかしはバランスを取り直すと
「すぐに立ち上がりなさい。」
といいました。
「ひれ伏されると疲れてしまいます。チュウよ、屈服を禁止する布告を出してください。私の面前でお辞儀するようなことがあったら・・・・・」
ここまできいた家臣たちの表情がけわしくなりました。
かかしは「その者の三つ編みはないものとする。」
といいきりました。

「それから、チュウ、これから私の代わりをたのむ。私はこれからタッピー・オコと散歩をしてくる。」
といいました。

 大老チュウチュウの口は驚きで空いたままふさがりませんでしたが、かかしの決意の固さをみてとると、あえて逆らおうとはしませんでした。そしてただちに赤い羊紙皮になにやら長い変わった字で記しはじめました。 ハッピー・トコはかかしに腕をとられて震えました。そして二人が静かに庭に入っていくのを家臣たちは互いに目をみあわせておろおろしてみていました。

 しかしながら、べつになにもおきませんでした。
 タッピーは心が静まると銀のフルートをとりだして陽気な曲をかなではじめました。

 「自分で問題をとりのぞいたよ。」
かかしは音楽を聴きながら大満足の表情でした。
「タッピー、その歌には歌詞があるのかい?」
とききました。

 ハッピーは
「ございます。高名で最高のお方。」
というと、うたいだしました。

 ふたつのスプーンがポー・セ・リアンにやってきた
チャイナの皿にであったよ
チャイナとの話をすこしばかり
それは「白人のあごのぶちのめしかた」ときたもんだ!

 ハッピーはうたい終わると逆立ちをしました。

 「陛下はこの歌がたいへんお好みでいらっしゃったのですよ。」
とハッピーは早口で言いました。(逆さまのままでしゃべるのは大変です。大変じゃないと思われる方はためしてみてくださいね。)

 「そうかい。」かかしはだんだん楽しい気分になってきました。
「私や私の家族についてなにかもっと話してくれないかな、タッピー・オコ。」
とたのみました。

「たいへん気立てのよいお方、すみませんが私はハッピー・トコです。」
小男はそういってまちがいをなおすと、かかしのそばに宙返りして止まりました。

 するとかかしは
「そうだけど、そうじゃないよ。君をみているとねプディングを思いだす。それにほら太鼓をたたくだろ?たたくってところが肝心だよ。だから私は君をタッピー・オコって呼ぶことにするよ。いいかな。」
といいました。

 かかしは銀のベンチに腰かけると、王室付冗談係に隣にすわるよう合図しました。ハッピー・トコは見られていないことを確認すると、おそるおそる隣にすわりました。


「皇帝というお立場をわきまえてください。このようなことは許されていないのです。」
タッピーは居心地が悪そうにいいました。

「立場などきにするものか。」
といってけらけら笑いました。そして「私の皇帝時代をはなしておくれ。」
といいました。

 ハッピー・トコは目をしっかりとあけると
「そうですとも、あなた様はもっとも誇り高くおおらかな君主であらせられました。」と話し始めました。

「わたしがかね。」
とかかしはうれしそうな声でききました。小男は
「あなたは貧乏人には米をわけあたえ、金持ちには知恵をわけあたえ、かずかずのめざましい戦をしました。」
とどんどんはなしをつづけました。そして
「私はあなた様のことをちょっとした歌にしました。たぶんお聞きになりたいでしょう?」といいました。

かかしがうなずくと、ハッピーは頭をもち上げ、真剣にうたいました。


 チャン・ワン・ウーが弓引けば、千人の敵をねじ伏せる!


 ハッピーが歌い終わるとすぐにかかしはいいました。
「オズでもね、荒々しいカラスの群れの首ねっこをねじふせていたよ。ええっと、私が賢い脳みそを持つ前のことだけどね。わたしは戦士だね、疑う余地がないよ。ところで私は妻とどこで出会ったのか教えておくれ。」

「水のなかでございます。」
ハッピー・トコは目を細めてケラケラわらいました。

「まさか。」
かかしは港を見渡しました。それから自分の身体をみました。


 ハッピーは「皇帝陛下は、生身の人間だったということを忘れいらっしゃる・・・藁が詰まっているのではなく。」
まごつきながらいいました。それからこの冗談係は
「皇后陛下は釣りをしていたのでございます。」
と話をつづけました。
「おおきな銀の魚が釣り針にかかったのでございます。かのお方は立ち上がりました。魚はものすごい力で小舟からかのお方をひっぱりだしてしまいました。皇帝陛下は堤防でその始終をごらんあそばれていて、勇敢にも水のなかに飛び込み泳いでかのお方を助け、魚をはなし、そしてしかるべき時がすぎると、かのお方を花嫁になさったのでございます。私はそのことについても歌にいたしました。」

「きかせておくれ。」
かかしがいうとタッピーはうたいだしました。

 ツィンツィンは漁師の娘
 銀の水辺で釣りをする
 月は銀髪てらしだし
 まわりはどこでも魚がいたよ


 大きな強い魚がやってきて
釣針くわえ、ヒューッとひとふり
ひれでボートをひっくりかえした
 ツィンツィンは泳げないし浮かべない

 彼女はおそれおののいた
 誰が聞いたかその悲鳴
 チャン・ワン・ウーこと皇帝が
 みずから助け、そのうえ結婚をした


 かかしはハッピーの歌に気をよくして、
「本当に私がしたのかい?」
とききました。

「そうですとも。私はそのときまだ子供でしたが、結婚式に招待いただきました。」
とハッピーはきっぱりといいました。

「チュウチュウはそこにいたのかい?」
かかしにはかたぶつの大老チュウチュウが貧しい漁師の娘との結婚をとりおこなったことが不思議でなりませんでした。

 ハッピーは思い出して笑い出しました。
「大老チュウチュウはあなたにお姫様を用意していました。」

 そこで皇帝、自分を貫き
姫君の父、追い返した。

と陽気に打ち明けました。


 かかしは
「ほぉ。」
「それは私がシルバー国に来てから聞かされている話しの中で一番オズの国の人らしいふるまいだね。ねぇタッピー、私たちは友達になれるね。昔のことを忘れて今のことを考えようよ。」といいました。

 かかしは即座に皇帝付冗談係を抱きしめ、それから
「なにか楽しいことをみつけてあそぼう。」
といいました。

 ハッピーは
「気高き方、凧はどうでしょうか。ここでは好まれている遊びなんです。」といいました。

「いいね。それではちょっと待って。変身しなくては。」
そういうと、皇帝の帽子をベンチの下に隠しました。そしてハッピー・トコのつばが広い農夫の帽子をかぶりました。つばをおろすとかかしの顔はかくれました。それから上着を裏表に着て準備ができました。


 凧あげをする野原に行く途中で小さな銀の街を通り過ぎました。かかしは絵のようで風変わりな様子が気に入りました。狭い通りには変わったお店がひしめいていました。銀のランタン、小さな旗がそれぞれの扉にかけられ、商人と乙女がにぎやかな店の中にいて、人々は歩きまわり、明るい生き生きとした絵をこの世に織りなしているのです。

 こじんまりとした米屋の前でかかしは
「宮殿でなくてここに住めたらいいのに。」
とつぶやきました。しかし、せまい通りで止まるのは危険です。ハッピーはかかしが大きなラクダに踏みつぶされそうだったので、わきへ押して寄せました。らくだはいぶかしげにかかしをみました。らくだが通り過ぎるまで、二人は壁にぴったりとへばりつきました。ハッピーは心配になり、かかしを急がせて街を通りぬけましたから、すぐに凧あげの広場へ到着しました。広場には群衆が見世物をみるために集まっていました。そこには普通の人が一生をかけて目にするよりもたくさんの凧がありました。大きな魚、銀の紙でできた竜、鳥などいろいろな種類と形の凧が糸をひき、何百ものシルバー国人の老若男女が見ていました。

 かかしの頭上にもおおきな竜の凧が浮かんでいて、その凧にうっとりしたかかしは、
「なんて、おもしろいんだろう。ドロシーも見ることができたらいいのに。よし、ドロシーにいつかみせてやろう。」
と思いました。

 竜の凧はまるで生きているようで、こわいほどです。その凧が急に降下してきて、しっぽについたかぎ針がかかしの襟に引っかかりました。ハッピー・トコがウィンクする前にシルバー島の皇帝は雲の中につれていかれてしまいました。かかしは、みなさんご承知のように重さがほとんどないのです。人々は歓喜の声を揚げました。というのも、偽物の人形をつりさげていて、見世物の一部だとおもっていたからです。ハッピー・トコだけは彼の太っちょの短い脚でできるかぎり早く走って凧を追いかけました。

 「あれれ、これでは私の立場がなくなる。」
とハッピー・トコは泣きべそをかきました。というのもハッピー・トコはかかしが岩にぶつかってしまうと思えたのです。
「このまぬけめ。これではチュウチュウ大老にいいわけできぬ。」


 一方かかしはというと、最初はびっくりしていましたが、いまは平気で楽しみはじめていたのです。竜のしっぽをつかむと、自分が統治する領土を興味深く見下ろしました。岩、山、銀の塔、柳などがきらきら輝いていました。本当に美しい島です。かかしの視界は島をとりまく銀の水に移りました。すると大きな船団が港に入港してきたことに気が付きました。船団は絹の帆をかけた見慣れない艦隊でした。

「これはどうしたことか。」
とかかしは思いました。しかしちょうどこのとき突如として竜の凧はめちゃくちゃに動きだしました。かかしは上へ下へとぐるぐる振り回されました。帽子は吹き飛ばされ、手足はひねられ切れぎれになった麦わらが抜け始めました。凧のかぎ針は上着を引き裂き、もっとひどいことにはかかしの背中を裂いてはづれてしまいました。かかしは落ちて落ちて落ちてそして岩山の上に着陸しました。かわいそうにハッピー・トコは涙をながしながら大急ぎでかかしのところへやってきました。

ハッピーは「まぶしいばかりにかがやく不滅のクロッかかしさまに、いったいなにをしたというのだ?」
というと、うすっぺらでぺたんこになった皇帝のそばに膝をついてしくしく泣きました。

「単に私の大事な中身が出てってしまったんだよ。」
とかかしはいいました。
「それでタッピー、たのむから私をひっくりかえしておくれ。岩が目の所にあって、考えることができない。」

 ハッピー・トコはしわくちゃに重なった衣などの抜け殻から声がしたのでびっくりして飛び上りました。

「麦わらはあるかな。」
と心配そうにかかしはたづねました。それから
「なんで私をひっくりかえしてくれないんだい?」
ともいいました。

 ハッピー・トコは
「皇帝の幽霊だ。」
としくしく泣きました。そして皇帝の幽霊にわざわざ逆らうまいと、ぶるぶる震える手でかかしをひっくりかえしました。

「びっくりしなさんな。わたしはあなたのように生身ではないから壊れないよ。」
と安心させるように笑いました。
「多少の麦わらがあれば私は新しくなるから元気になるのだけれども、ねえ、聞いているかい、麦わらだよ、麦わら。」
といいました。しかし、ハッピー・トコはおさげが逆立ち、がたがたと震えは止まらずに銀の靴を岩でカチカチいわせていました。

 ついにかかしは
「麦わらを取って来ることをあなたに命じます!」
と腹を立てた声で叫びました。
ハッピーはすぐさま走り去りました。

ハッピーが腕にたくさんの麦わらをかかえて戻ったときにかかしはちゃんと生きているということをなんとかハッピーにわからせました。
「オズの国の人々は殺せないんだよ。」
と誇らしげに説明しました。
「それに、この身でいることは生身の体でいるよりも満足なのさ。食べなくてもいいし、眠らなくてもいいし、いつでも修理できる。安全ピン持っていますか?」
ハッピーは詰め物をいくつか丸めると、かかしの指示どおりに胸に詰め物をして、安全ピンで留めました。


「さあ、もどろう。一日ずいぶん楽しんだ。なにか歌えないのかい、タッピー。」
走ったことと怖かったことですこし変な声ではありましたが、ハッピーはちょっとした楽しい歌を口ずさみました。二人は一緒に歌いながら皇帝の庭までどうということもなくたどり着きました。ハッピーがかかしに皇帝の帽子をかぶせローブのほこりを払いおわると同時に、宮廷家臣たちは勢いよく宮殿の扉から二人のところに走りこんできました。

 かかしは銀のベンチにずっしりと腰をおろすと
「堅苦しい方々のお出ましだ!」と声をはりあげました。
それから「何事ですか?ここには島の不作法者が全部集まったとみえる。でもってチュチュウが笛を吹くのを見ている。」といいました。ハッピーは
「人々は大老チュウチュウが召集の笛を吹くにちがいないと思っているのですよ。」
とこっそり教えてくれました。人々は大老チュウチュウが笛をふくに決まっていると思っていましたが、大老チュウチュウは笛で合図をすることはありませんでした。なぜなら、宮廷家臣全員がすでに集まっていたからです。

 「お守りください、お守りください。」
宮廷の家臣たちは皇帝の布告も忘れて、ひれ伏すとしくしく泣きながらいいました。

 かかしは銀のベンチにしっかりつかまりながら
「なにから守るのかな。」
とたづねました。

 大老チュウチュウは
「あいつです。あのゴールデン島の王です。」
とわめきました。

 「ああ、そうか。」
とかかしはいうと厳しい表情で考え深げ
「艦隊は港に入ったかね。」といいました。

 大老チュウチュウは驚いて飛び上り
「皇帝陛下はどうやって艦隊が来たのが見えたのですか?」
といいました。

「ここからではないよ。あそこからね。」
かかしはハッピー・トコにウインクを送りながらいいました。ハッピーは
「陛下はとても高いところへ行かれたのでございます。」
といいました。

 大老チュウチュウは腕を組み
「陛下はこれが本当に大変なことだとお考えになっているようにみえません。」
とすかさず言い返しました。
「ゴールデン島の王は島を焼き払い、私たちを奴隷にしてしまいます。」
これを聞いた宮廷家臣たちは取り乱して芝の地面にガクンと頭を落しました。

 「島に火をつけるだって!」とかかしは跳び上がっていうと
「それじゃあ、私のもえかすよ安らかに。タッピー、私の灰がオズに送り返されるのを見届けてください。」
といいました。

「お守りくださいませ。お守りくださいませ。」
興奮したシルバー国人が叫んでいます。

「豆の予言ではあなたが私たちを助けてくださるとなっております。貴方様はチャン・ワン・ウー陛下でございましょう。」
大老チュウチュウは長い腕を振り回して言い張りました。

「そうです、ウーとは私のことです。では、ちょっと考えさせてください。」
とかかしはいうと黄色の手袋の手を組みました。

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Happy Tokoはかかしに Tappy Okoと呼ばれることになります。太鼓をたたくtapping a drumのtapからきています。そしてプリンがゆれるさまもタップタップといった音が聞こえてきそうです。かかしの想像力は楽しいですね。

かかしは空の冒険を終えて宮廷に戻ると、家臣たちが押し寄せてきます。その時の呼び方は「Great Cornstarch」。cornstarch コーンスターチ とうもろこしのでんぷん、starch=のり、堅苦しいという意味がありますので、ここでは堅苦しい方々と訳しました。形式を重んじる堅苦しい家臣たちが固まりくっついてぞろぞろでてきたのでしょうね。

Chapter VIII: The Scarecrow Studies the Silver Island

9章: どうかお助けください

かかしがしばらくじっと座って考えている間、家臣たちは足を震わせて立っていました。かかしは静かな声で
「艦隊はどこにいますか。」
とたずねました。

 「島のはしっこにある洞窟におります。」
と震えながら大老チュウチュウは答えました。

 かかしは
「たくさん考えたよ。まあ、気にすることはないね。われわれはたくさんいるもの。」
といいました。

 ひとりの背の高いシルバー国人はむっとすると
「われわれですって!私たちは正式な兵士ではありません。」
といいました。

「いやいや、とてもめずらしい軍隊だね。しかも石頭で神経質ときている。おそらくなんとかするよ。さあ行こう。チュウ先頭に立ってくれ。」

 大老チュウチュウは
「進め!」
と金切り声をあげました。宮廷家臣たちは
「われわれはどこへ、というか、あの、皇帝陛下のお考えはどういったものでしょうか?」
と警戒しながら後ずさりはじめました。

「とにかく、ゴールデン島の王を打ち破り、国へ帰っていただく。それがあなた方ののぞみじゃないのかね。」
かかしは愛想よくいいました。

 「でも、高貴な身分の者が戦うことは尊敬されるべきことではありません。それは・・・。」
といって言葉をにごしました。

 「もちろんそうだね。このまま焼き払われたければね。」
かかしはふらっと立ち上がると、庭園の門を出ました。誰ひとり動こうとしません。かかしは振り返りました。ハッピー・トコにはかかしの厳しい顔がとても耐えられませんでした。

 「私はご一緒します。尊くまぶしいクロッかかしさま。お待ちください。立派で勇敢な方。」

「じょうろを持って来てください。頼みましたよ。」
かかしは肩越しに呼びかけました。ハッピーは驚いている庭師からじょうろを取り上げると、かかしのあとを急いで追いかけました。


 「事態が熱くなりすぎたとしても、君なら私を消し止められるからね。」かかしは感激で震えていました。「君には褒美をあげなければね、勇敢なるタッピー。」といいました。

 ハッピーは返事をしませんでした。というのも震がとまらず歯がカチカチなって、しゃべれなかったのです。

 港は王宮の下方に広がっていました。かかしとハッピーは頭に家財道具をのせ逃げ出すシルバー島民の間をぬって急ぎすすみました。いく人かはチャン・ワン・ウーにちょっぴり勇気づけられましたが、忠実なハッピーを除いて、だれもついて行くとはいいませんでした。

「敵の王は年寄りですか?」
かかしは艦隊から出てきた兵隊のたくさん乗っているボートを心配そうに見ながらたずねました。

ハッピーは
「現在の王様は、あなたが50年前に倒した王さまの息子です。」というと、「あの、皇帝陛下作戦はあるのですか?」
とききました。
「いいや、まだ。でも、とてもよく考えているよ。」
とかかしは朗らかにいいました。

 ハッピー・トコはじょうろを落してしまい、じょうろはへこんでしまいました。
「それじゃあ、さらばシルバー島!」
ハッピーはそういうとあとは口がきけなくなりました。
「心配はいらないよ。もしやつらが撃ってきて私に火がついてしまったら水に飛び込むさ。そのときは君が私を釣り上げてくれよ、タッピー。さあ、これ以上話さないでおくれ、考えなくっちゃならない。」
かかしはハッピーを気づかっていいました。

 かわいそうにハッピー・トコはやはり何も言うことはありませんでした。ハッピーはこの世の終わりと思ったからです。最初の侵略軍はすでに浜に上陸していました。それから小舟の中では輝く金の鎧に身を包んだゴールデン島の王が立ち上がっていました。太陽は灼熱をおび、あたりの空気には火薬のにおいがたちこめました。

 かかしはオズにおいて数々の危険に遭遇してきましたが、いつもかかしなりのやり方で乗り越えてきました。しかし、敵がだんだん岸に近づいてきているのに、まったく考えがうかんでこないので、かかしはとても緊張してきました。火を噴いた弾丸が王の船から発射されかかしの帽子を貫通しました。煙がたちこめてくると麦藁のつめもののことがとても心配になりました。ふいにポケットをさぐるとかかしの不器用な指は豆の棒からむしりとった小さな扇子にふれました。

 動揺もしていましたし何をするかさえもわからなかったものですから、かかしは扇子を開きました。すると、たちどころに敵軍から大きなどよめきがあがりました。というのも、最初のひとあおぎで敵は50フィートも飛ばされてしまったのです。敵兵士たちは命からがら泳ぎ、停泊していた船にすがりつきました。かかしも彼らと同様に驚きましたし、ハッピー・トコも驚いてかかしの鼻先にたおれこみました。


「魔法だ。誰かが助けてくれている。」
かかしはそういうと、小さな扇子でやさしくあおぎはじめ、次に何が起こるか見ていました。 扇子をあおぐたびにゴールデン島の王様と兵士たちは高くまいあがり、とうとう誰も沿岸から見えなくなってしまいました。

 「扇子です・・・・この扇子には魔法の力があります!」
ハッピー・トコはびっくりし、飛び起きてかかしに抱きつきました。

 かかしは扇子をぴちっと閉じると
「どういうことですか。」
とききました。ハッピーの答えは巨大な水しぶきにかき消されてしまいました。扇子が閉じられるとたちまち王の軍隊が海の中で渦をまき、兵士たちは摩天楼のように噴き出した水にぶつかっていました。かかしはこのときはじめてドロシーのためにとっておいたちいさな扇子の力がわかりました。

 ハッピー・トコは
「これで大丈夫。皇帝万歳!」
というと、はしゃぎ始めました。

皇帝陛下は作戦なしに
勝利をおさめた
扇子だけで

 シルバー島民はへんてこな音が港から聞こえてきたので立ち止まりました。そしてハッピー・トコの叫び声を聞きました。島民たちは沿岸まで押し合いへしあいおりてきて、すぐにかかしたちを声がかれるほど応援しました。当然ながら、びしょぬれになったゴールデン王国の兵隊たちは大急ぎで自分たちのボートに逃げ込みました。全員がボートに乗り込んだとき、かかしは吹き飛ばそうと思ったわけではないけれども横で扇子をあおいだものですから、船は港からすみやかに一掃され、水は銀のあわとなって敵軍をかきまぜ見えないところへ押しやってしまいました。

 そこへ大老チュウチュウが息切れしながら到着しました。そして
「今日は勝利しましたな。」
といいました。

 かかしは
「勝ったよ。勇敢なる軍隊と呼んでくれたまえ、それから司令官に勲章を。」
といってハッピー・トコに腕をまわすとたからかに笑いました。

 大老チュウチュウは渋い顔でハッピーをみながら
「そうなりますな。大祝賀会と御馳走と花火がとりおこなわれるでしょう。」
といいました。


 「花火。」
かかしは皇帝付冗談係をつかまえるとうわずる声でいいました。その頃にはシルバー島民は皇帝のそばまで押し寄せ、叫んだりうれし泣きをしていました。そして断る間もなく人々はかかしを肩にかつぎ得意げに王宮へ運んで行きました。かかしはなんとかハッピーに合図をし、ハッピーは安心させるようにうなづくと、その小さな太い脚のできうるかぎりの速さでその場を去りました。ハッピーはかかしとほぼ同時に宮殿につくと大きな銀のじょうろを引っぱりだし、帽子で仰ぎながら玉座の階段に何気ないそぶりで待機しました。かかしは満足げにじょうろをみました。

 かかしはゆったりした声で
「それでは、花火を行ってください。」
というと、心をなごませました。大老チュウチュウは不時着する凧のようにとびまわって祝賀会の準備をしました。家臣たちはおのおの手をとりあうと、一列に長く整列しました。 大きなテーブルが広間に用意されていました。

 「なにもしないでさわいでいるね。オズでは勝利をおさめるとみんなで愉快なゲームをして、オズマ姫と一緒に食事をとるんだ。なぜ君の座る場所さえ用意しないのかね、タッピー。」
かかしはハッピー・トコに尋ねました。

 「私はむしろここに座る方がいいですよ、お優しい方。」とハッピー・トコは幸せそうに答えました。そして、
「あの小さな扇子は安全に閉じられていますか。」
とききました。

 かかしは扇子が無事におさまっているかどうかポケットをさぐっていたのですが、そのあと目の前で驚くことが起きたのです。というのはシルバー王国の軍隊がきっちりきっちりと行進して大広間へ入ってきて、家臣たちは跳ね上がりお辞儀をし狂喜しはじめたのです。

 元帥は玉座にまっすぐ進み出ると、銀のかかとをカチッと鳴らし、敬礼し気をつけの姿勢をとりました。

 「ええと、どうしたのかね?」かかしはこの堂々とした人物をしげしげと見ました。



 大老チュウチュウは
「彼等は勲章をもらいにきたのでございます。」
というと、おおきな銀のお盆にたくさんの勲章をのせて階段をのぼってきました。

 かかしは
「思うに国を守ったのはタッピー・オコと私ですよね。」
というと皇帝付冗談係をこずいきながら笑いました。

 すると司令官は弱々しい声で
「皇帝軍がしりぞかず、あなたに戦場をまかせなかったら、勝利はなかったでしょう。したがって、ある意味われわれはこの勝利の一端を担っております。偉大なる元帥はいつ退ぞくべきかををこころえているのです。」
とつっかえつっかえいいました。

 かかしは考え深げに頭をかくと、
「一理あるね。」
と認め、
「前にでてきたまえ。チュウチュウ、兵隊達に勲章を。」
といいました。
 大老チュウチュウは勲章を授けるために進み出て、ひとりひとりの兵隊に長い訓示をしました。長い訓示なので宮廷家臣たちは居眠りを始める始末で、かかしは落ち着かずやきもきしました。

 「オズの軍隊を思い出させるよ。でもね、オズではこんなに長い訓示はしないよ。いつも眠らない私だって眠れるようにと願うだろうね。それに今まで役に立った覚えがない。」かかしはハッピー・トコだけにそっと話しかけました。

 玉座の階段に腰かけていたハッピー・トコはあくびをしながら
「始まりましたよ。」
といいました。ハッピーも運が悪いことに、この日の午後はかわるがわる宮廷家臣達がやってきて大勝利の話をだらだらとじゃべり、それも彼らは全部かかしに話しかけるものですから、その間中、姿勢を正して聞かざるをえませんでした。祝辞が終わっても、まだ大宴会がのこっていて、シルバー国は中国と遠縁なのでじつにたくさん食べるものですから、かかしのやるせない気持ちがおわかりになるとおもいます。

 世にも珍しい料理が出てくるたびに、かかしは「うわっ。」と驚きました。
「ここに私の友人たちがいなくてよかった。私の体が藁でできているということはとても幸運だ。」
といいました。焼きネズミ、じっくり煮たサメのしっぽ(フカヒレの姿煮)、鳥の巣のスープ(ツバメの巣のスープ)をかかしはじっと見ました。かかしはそれらの料理をハッピー・トコの前におくようにといいました。ハッピーは銀の箸とれんげでうれしそうに食べました。その姿を見れたことがかかしにとってこの宴会で唯一満足したことでした。


 蒸された器がちょうどハッピー・トコの前に置かれた時、
「それは何かな。」
と指をさして尋ねました。

「ネコの肉です。皇帝陛下。」
とハッピーはこたえると、銀の粉をふんだんにかけました。

「ネコだって!」
かかしはさけぶと、おそろしくて足にしがみつきました。
「あなたはいたいけな無垢の子猫を食べているといっているのかい。」

 「いたいけなネコというわけではないです。とても裕福なネコというべきでしょうね。そうだ、皇帝陛下が昔のお体だったら、ネコ料理を楽しんだでしょうに。」
ハッピー・トコはくちにほおばりながらいいました。

 かかしは
「そんなことは絶対ない!」
と大きな声でさけんだものですから家臣たちはおどろいてかかしを見上げました。
「どうやったら無垢なねこちゃんを食べれるんだろうね、まったく。」
と憤慨しながら、かかしはオズの国にいたドロシーの子猫を思い出し、なぜあのすばらしい国オズを離れてしまったのだろうと思いました。

 大老チュウチュウは
「皇帝陛下は何百匹の猫を食べました。」
と冷静にいいました。
「何百匹だって!」

 この話にショックを受けたかかしは椅子にへたりこみました。皇帝陛下は、つまりオズのかかしのことですが、何百匹の猫を食べてしまったのです。これをきいたらドロシーは何というでしょう。これがシルバー国にきて最初の懺悔の経験でした。かかしは食事の時間はいつも中庭で過ごしていたので知らなかったのです。かかしはためいきをつくと、広間の中央にある豆の棒を懐かしそうに見みました。一分そしてまた一分と時間がたつにしたがい、かかしはシルバー島の皇帝の感覚がうすれ、次第にいつもの"オズのかかし"を感じていました。


その日の夜も更け、中庭の皇帝のいるベンチにハッピー・トコは大きなじょうろを置きにくると
「皇帝陛下、抜け殻にみえます。」といいました。

「いっそのことそうだったらいいのにと思うよ。みんなに望まれる皇帝の精神を持つのは簡単じゃないもの、タッピー。おや、閃光がはしったぞ。」
その時ちょうど花火が始まったのです。中庭はいろいろな形の銀のランタンがともされ今まで以上におとぎの国のようでした。しかしかかしは打ち上げ花火にたじろぎました。ふりそそぐ星や蝶がかかしの頭の周りに舞い上がり、火の竜が木々の間を飛びかうのです。米国独立記念日の祝典とくらべものにないほどの素晴らしい花火でした。あまりの素晴らしさにハッピー・トコが見とれて皇帝との約束を忘れてしまったのも無理ありません。

 まもなくかかしの心配は的中し、つめものの藁から煙がたちこめてきました。

「火を消して、火を消して。」
かかしは膝に火の粉をあびながらさけびました。王国楽団の騒音と宮廷家臣のがやがやとしたおしゃべりで、ハッピーにはかかしの声がきこえませんでした。

 シルバー島民はみな花火に夢中になり今日あった災いごともすっかり忘れていましたから、皇帝がくすぶっていることがわかりませんでした。

 「助けて。水をかけて!水!」
かかしは金切り声でさけぶと王座を飛び出し、ハッピーの頭をかかとで蹴飛ばしました。やっと事態に気づいたハッピーは大急ぎでじょうろをつかむと、中にはいっている水をくすぶっている皇帝にふりかけました。

「もう大丈夫かな。」かかしは心配そうにいいました。それから
「こんなふうに祝うなんてまったくすごいよ。自分自身に花火みたく火をつけるなんてね。」
ともいいました。
 「もう大丈夫です。皇帝陛下。」ハッピーはぬれたかかしが立ち上がるのを助けながら、
「陛下の王衣が焦げただけです。もう大丈夫です。もう中に入りましょう。」
と悔やんだ様子でいいました。
 水のしたたる皇帝は冗談係のすすめにしたがいました。

 「消し止められたのだから、そろそろ中にはいるとするよ。」
かかしはむっつりとそういました。二人は誰にも気づかれることなくその場をはなれました。

 「明日になったら新しい詰め物をしなくちゃならないだなんてやだな。」
とかかしは自分をみて落ち込んでいいました。
「ねえタッピー、私を一人にしないでね。聞こえてる?」
かかしが尋ねてもハッピーは返事をしませんでした。というのもハッピーはすでに皇帝の椅子の脇でねむってしまっていたのでした。

 かかしは家来を呼ぶこともできたのですが、もはやシルバー島民が心地よいと考えている過ごし方になじめませんでした。かかしは愛するオズの国の親愛なる仲間が恋しくなりました。

 ひとつまたひとつ庭の明かりが消え、騒々しい群衆は立ち去り、まもなく宮廷でおきている人物はかかしを除いてひとりもいなくなりました。かかしの藁はびしょびしょに濡れ、かかしのすばらしい脳みそまでもぬれたせいでぼんやりとしていました。

 「もしタッピー・オコがいてくれなかったら、私はどんなにか寂しかったことだろう。」
かかしは長くて、薄暗くて、人影のない広間を通ってそのきらきら光る銀の幕と花瓶を見つめました。
「ドロシーは何をしているかな。」
かかしは懐かしそうにつぶやきました。

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Some cheered faintly for Chang Wang Woe, but none offered to follow, save the faithful Happy.
いく人かはチャン・ワン・ウーにちょっぴり勇気づけられましたが、忠実なハッピーを除いて、だれもついて行くとはいいませんでした。
ここにでてくるsaveは、除いてという意味です。
こんな使い方もするのかと、宝物を見つけた気分です。

Chapter IX: "Save Us With Your Magic, Exalted One!"

10章: オズマ姫、ベッツィ・ボビンと語らう

ドロシーがエメラルドの都を旅立ってから二三日後のある午後のことです。ベッツィ・ボビンとオズマ姫はエメラルドの都の王室庭園で座って読み物をしていました。ベッツイ・ボビンは
「ドロシーはかかしさんと素敵な時間をすごしているでしょうね。」
とオズマ姫にいいました。
「みんないつでもかかしさんのところで楽しい時間を過ごしますものね。」
とほほ笑みながらオズの女王は答えました。
「みんながなにをしているか、魔法の絵をみてみなくてはね。ドロシーはエービーシー大蛇とガラガラ蛇に会えなかったんですもの、残念ね。とても不思議な生き物だったわ。」
というと、二人の少女は(オズマもまだ少女なのですよ)笑いの渦にまきこまれました。

 ふたつのおかしな生き物はかかしの勧めにしたがってバカンスをエメラルドの都で過ごしたのでした。エービーシー大蛇とガラガラ蛇は、半分は周りがきらきらして目がくらんでしまったから、そしてもう半分は記憶というものをもちあわせていないことから、かかしのことについてはなにもいわなかったか、あるいは彼の家系図を探すという計画についてなにも話していませんでした。エービーシー大蛇とガラガラ蛇は絶え間なく人魚の都についておしゃべりし、エービーシー大蛇はいろいろな話をスクラップスやブリキの木樵り、エメラルドの都の子供たちに話してあげました。

 蛇たちはお別れのときになると、エービーシー大蛇は
「X」のブロックをはずしてオズマ姫にあげました。エービーシー大蛇が言うには、
「Xはほとんど全てを意味するんですよ。それでね、オズの愛らしき支配者に感謝の意をこめて。」
といいました。オズマはお返しに二匹の蛇にエメラルドの襟を与えました。そして蛇たちがマンチキンの川へ戻る日の朝は、オズの有名人たちが早起きをして彼らを見送りにきました。ベッツィ・ボビンは
「あの人達、いつかまた来てくれるわね。」
と足を揺り動かし、それから
「あら、オズマ見て。メッセンジャーが来ているわ。」
といいました。

 メッセンジャーはたしかにこちらに向かって来ていて、ここあたりでは見かけないカドリングの国の赤い衣装を身にまとっていました。メッセージは良い魔女グリンダからのもので、オズマ姫は暗い気持ちになり溜息をつきました。

 オズマはグリンダからの手紙に目を通すと、
「かぼちゃ頭のジャックに木挽き台の馬と赤の馬車の用意を伝えてちょうだい。」といいました。
「イッカク族とトビハネ族がまた争っているわ。それから魔法使いに旅支度をするように伝えてくださいな。」
 ベッツィは
「私も行ってもいいかしら?」
といいました。オズマ姫はちょっと困ったように眉をひそめましたが、ベッツィにうなずきました。こうしてベッツィは旅支度をせきたてにいきました。ほとんどの少女たちは、戦争を解決したり、オズのようにすばらしい国の統治を手伝うようにとはいわれませんものね。イッカク族とトビハネ族はしょっちゅう喧嘩をしている好奇心旺盛な人たちで、カドリングの山中に暮らしています。すぐにオズマ姫とかぼちゃ頭のジャックとベッツィとオズの魔法使いは、木挽き台の馬のできるかぎり快適な速度でガタガタとゆられながら出かけました。木挽き台の馬は小さな馬のわりにはとても早く進むのです。木でできていているのですが魔法によって息吹を与えられ、けして疲れることはなく、その足は妖精の国オズをどこでも走りぬけることができるのです。

 こうしたわけで、オズマ姫はかかしとドロシーがほんとうにまったく胸ときめく冒険をしているのに、それを魔法の絵で見なかったことになりました。

 このとき、これらすべてのことの発端であるムシノスケ教授はオズの王室事典12章の執筆に忙しく取り組んでいました。ムシノスケ教授は以下のようにひかえめに12章冒頭を記しました。

 『H. M. WOGGLEBUG (ひきのばし・ムシノスケ・ウォルグバック)
虫族のプリンス、教養があり卓越した教育学者、そして偉大で寛大で全てをとりしきったオズの系図学者』

Chapter X: Princess Ozma and Betsy Bobbin Talk it Over

11章: ホークス卿、巨人をたおす

 「この森をいまだにさまよっているなんて、信じられないわ。」
ドロシーはすっかりめいってため息をつくと木にもたれかかりました。三人が森の中を道をさまよってから数時間がたっていました。最初は広くていい道でしたがだんだんと狭くなり、そのうちに木々の間をくねくねと通るゆがんだ小道となってしまいました。昼間だというのに太陽の光はさしこまず、あたりは薄暗い緑色がつづいているのでした。

 「思うに。」とホークス卿が口をひらき、前方の暗がりを見つめながら
「ものすごい冒険がすぐそこなのでは。」
といいだしました。

 臆病ライオンは耳を後ろにむけてあたり一帯を注意しながら
「どうしてそう思うのですか。」
と心配そうにききました。

 ホークス卿は
「汝聴くべし。」
というと指をたて、警戒をうながしました。遠くの方からバタンバタンという妙な音が聞こえてきます。そしてその音はどんどんこちらに近づいてきているようです。

 ドロシーは
「あら、本当だわ。」
といいつつも、臆病ライオンのたてがみをつかんでいました。
「これはポーク国よりもまずい状況だわ。」

 「ことによると竜かもしれないですな。」
騎士は大喜びで探検を抜くと
「ああ、竜を倒せるなんて、なんて気分がいいのだろう。」
といいました。

「竜をかじりたくないな。舌がこげちゃうもの。」臆病ライオンはかすれた声を出しましたが、
「しかるに騎士殿とともに戦います。ドロシーさん、さがっていてください。」といいました。

 やがて地響きがやかましくなってくると、騎士は興奮してあちこち飛び跳ねました。

 「悪者に接近する!」とホークス卿は力強い大きな声を出しました。
「わが槍の突き刺さるところまで近づけ!・・おお、そうだ今の私には馬がなかったのだった!」
といいました。

「その硬い鎧が痛くないなら、僕の背中に乗せてあげてもいいのです。」と臆病ライオンは応えると
「さあ元気をだして、ホークス殿。あなたの声は仔馬のようにしゃがれていますよ。」とつけくわえました。
これをきいてドロシーもびくびくしながらもくすくす笑ってしまいました。それから小さな木をしっかりと握りました。というのは森全体がゆれていたのです。


「どうしたというのだ!」
騎士はようやく言葉をつなぎました。おおきく地面が揺れ、騎士はうつぶせに投げ出され、臆病ライオンのたてがみは逆立ちました。すると、大きな大きな足があらわれて、ドロシーたちから三歩とはなれていないところの木々をてっぺんから踏みつぶしてしまいました。三人とも唾をのみこむことさえできずにいると、大きな手がおりてきて木を根っこごと一つかみむすると、消え去りました。この出来事の最中に、どこか上のほうで声がしていました。

「小さい人間なんのため
俺様バングラドアが食うためさ
さてさて炒めるか、焼くか、それとも蒸し焼きか、ローストか
三人か、いやいや四人ほど 俺様には人間の臭いがするぞ!」

「いまの聞いたかい。」
というと臆病ライオンは震えました。ホークス卿は返事をしませんでした。ホークス卿は転んだひょうしにヘルメットが下までずり落ちてしまい、いま両手で引っ張り上げているところでした。ドロシーはおびえながらもホークス卿を手助けしようとかけ寄りました。

 「しとめてやる!」ホークス卿はそう叫ぶと、すぐにヘルメットの開口部を自分の目の位置に合わせて、
「前進!」
といいました。

 臆病ライオンは
「心臓がしめつけられる。」
という言葉をぐっと飲み込むと、大股にジャンプしてホークス卿のあとにつづきました。


 ホークス卿は
「悪者め!」
と怒鳴ると剣を振りかざし巨人のくるぶしをさっと切りつけました。巨人の足はというと木の幹を三本ほど合わせたぐらいの大きさがありました。臆病ライオンは大きく跳ね上がると巨人の太いふくらはぎに噛みつきました。

 「いててて。」
と巨人が大声をあげると、森の全ての木の葉がゆれました。
「やめろ、さもなくば、パパに言いつけてやる!」
巨人はとび上がりながらいいましたからホークス卿は木のてっぺんに投げ飛ばされてしまいました。そのあと巨人は大きな岩につまずき、まるで草葉のように木々をなぎたおして地面に倒れ込みました。巨人が最初に叫び声をあげた時、ドロシーは目を閉じ耳は手でふさぎ、できるかぎりはやく逃げました。次にすざまじい衝突が起きると、立ち止まり目を開けて、ふらふらしながらもあたりを見渡しました。

 巨人はあおむけに倒れていて、それは四街区にあたるほどにひろがっていました。とはいってもこれは巨人の体の半分だけが見えたに過ぎません。臆病ライオンはまだ巨人の足にしがみついて、ゴロゴロとのどを鳴らし苦しんでいましたが、どうして苦しんでいるのかドロシーにはわかりませんでした。

 ドロシーはホークス卿はどうなったかとあわててあたりを見渡しました。すると、ちょうどホークス卿は木々の枝から落ちているところでした。

 「うわ、短剣になっちまった。」
ホークス卿は息を切らしながら、刃の折れてしまった剣を悲しそうに見ると
「ちっぽけな悪党め。」
といいました。

 ドロシーは
「逃げたほうがいいと思わない?」
ドロシーはさっきの巨人の歌をきにして震えながらいいました。

「いやいや、これを身につけているあいだはまだまだです。」
とホークス卿はいい、先ほどドロシーが勲章として腕につけてくれたリボンをほこらしげになでました。
そして「臆病ライオンのもとへ。正々堂々こしゃくな怪物をしとめにいきましょう。」といいました。


 巨人はすっかり身動きをやめて
「パパ!」
と叫んで助けを求めていました。

 「あの巨人、とても驚いているようだわ。」ドロシーは騎士に小声でいいました。
「ところで、臆病ライオンさんはどうしたのかしら。」

ドロシーがそういった途端、臆病ライオンはぐいと身を引き、四本の足に力をいれながら後ずさってきました。巨人の足は臆病ライオンにかみつかれたままでしたからどんどんひき伸ばされていきました。ホークス卿とドロシーが驚いて見つめていると、巨人の足はポキンと折れたので、臆病ライオンはようやく自分の前脚に頭をなすりつけました。

「タフィです。(キャンディの一種)」
と臆病ライオンはいうと、すわってあごを開けようとしましたが、あごはくっついていてはなれませんでした。

 「タフィーめ!」
ホークス卿は叫ぶと巨人の足にすばやくとび乗り、胸の上を駆けあがり、勇敢にもペパーミントの襟に座りました。

「降参しろ、悪者め。」
とホークス卿は脅迫しました。ドロシーは臆病ライオンを助けられそうにもなかったので、ホークス卿のあとに続きました。途中で、巨人のコートをむしってみました。するとそのコートは一番おいしいチョコレートだということがわかりました。

「まぁどうなってるのかしら?全部お菓子でできているだなんて。」
とドロシーはびっくりしていいました。

「しーっ。静かに。」
巨人はめそめそしながらサワーボール(小粒のすっぱいキャンディ)の目をキョロキョロさせていいました。
「知られたら、僕は一分で食べられちゃうよ。」

 これを聞いたドロシーは
「あなたはさっき私たちを食べようとしていたのじゃないの。」
といって巨人のコートのボタンを見ました。ボタンは大きなマシュマロのようでした。

 「あっち行けよ!」
巨人は震えながら叫んだので、ドロシーはチョッキのポケットにすべりおちてしまいました。
「身長が40フィート未満のものは、この森に入ってはいけないんだよ!」と巨人はいいました。

ドロシーは巨人のポケットをななめにはいあがると、
「私たち来たくてきたわけじゃないのよ。」
と鼻についたチョコレートをふきふき巨人にきちんと説明しました。

 ホークス卿は
「勝負だ、小者め。といいたいところだが、こんな甘ったれとは戦えないな。」
といってよけました。ちょうどその時、巨人の鼻から甘い涙がつたってきたのです。
「しかしだな、さっきの歌は謝らなくてはなるまい。」
といいました。

 「ちょっとまって。」突然ドロシーが話をさえぎり「いい考えがあるの。」といいだしました。


「あのねあなたが私たちを森のはずれまではこんでくれて、私たちの昼ごはん用にベストについているボタン全部をくれたら、あなたがキャンディでできているって誰にも言わないわ。みのがしてあげる。」
とドロシーは低い声ですすり泣きをふたたびはじめていた巨人にむかっていいました。

 まぬけな巨人は
「み、みのがしてくれるのかい?」
と鼻をすすりました。

「二度とあの歌はうたうな。」
と騎士は厳しく命令しました。

「わかりました。」
と巨人は素直に答えました。それから
「あなたの犬は私の足をたくさん噛んでしまいましたか?」
といいました。ドロシーとホークス卿が言葉をいう前に、巨人はねばねばする指で二人をつまむと、ヒナギクの広い野原にドシンと落としました。


 「わぁ。」ドロシーがいうと巨人はタフィーの足で早々と去ってしまいました。
「まあ、私たちったら臆病ライオンさんを忘れているわ。」
しかしそのすぐあとに巨人がまたあらわれて臆病ライオンを二人のそばにおろしました。

「これはいったい、どうなっているのですか?」
臆病ライオンはまわりをみわたしながらうなっていました。

 ドロシーは
「巨人に私たちを森のはずれまで運ばせたのよ。」
と臆病ライオンに説明しました。
「タフィーをもう飲み込んじゃったかしら。」
臆病ライオンはまだふらついていて、弱々しく頭を振るだけでした。

 ホークス卿は大きな石の上にズシリと腰をかけました。
「キャンディの巨人を征伐しても、面目や名誉といったたぐいはない。」
といって、ドロシーの洋服にまだついている羽飾りをとてもうらやましそうにみました。
「ああ、せっかく騎士にふさわしい戦いをしたというのに。」

 ドロシーは
「あなたは巨人がキャンディだったって知らなかったもの。それにあなたは堂々としてたわよ。」
というと跳ね起きて、羽を騎士のヘルメットにつけてあげました。
「それから、あなたはとても優美な口のききかたね。・・・・時間がたつにつれていかにも騎士らしくなっているわ。」
と説得力ある言葉をつけたしました。ホークス卿はうれしく見えないようにしました。

 臆病ライオンは「肉でできた敵をよこしてくれ。あーまだ歯が痛い。最初は歌で、そのあとはキャンディの足ときたもんだ。まったく、おつぎは何かな。」
といいました。

「食べることを思いついたのなら、昼食はどうかしら。」
とドロシーはいうと、巨人のが素直にはずして置いていったベストのボタンを配り始めました。このボタンはパイ皿の大きさのマシュマロで、ドロシーとホークス卿の口にはとてもおいしいものでした。しかし臆病ライオンは疑わしいとでもいうように臭いをかぐと、粉砂糖のせいでくしゃみがおきてしまい、嫌気がさした臆病ライオンは自分の口に合うものを探しに行ってしまいました。

 ドロシーとホークス卿がマシュマロといくつかたいらげたあと
「このボタンはいくつか持って行った方がいいわね。あとで必要になるかもしれないもの。」
とドロシーはいいました。

 食事からもどった臆病ライオンは
「なにもかもが黄色です。ウインキーの国へたどり着いたにちがいありません。道もあります。」
と告げました。

 「おそらく、宝石のちりばめられたかのお優しい女王陛下の都へ通じているのでしょうな。」
とホークス卿は目の上に手をかざし、自分たちを招くかのようにずっと伸びている長い道をわくわくしながらみつめました。

 「そうね。どっちにしろ、森もポークの国も抜け出たわ。たぶん誰かにかかしさんのことをきけるわ。いきましょう!今度はちゃんとした道だわ。」
ドロシーは元気にいいました。

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あなたの声は仔馬のようにしゃがれていますよ。(原文=your voice is a little hoarse)あなたの声は少ししゃがれ声ですね。
hoarseは「しゃがれ声」という意味です。ホークス卿があまりにも馬を熱望するものですから、ホークス卿のhorse(馬)を受けて、ホークス卿のしゃがれた声をhoarseという言葉で茶化したのです。臆病ライオンったら、こんな時に余裕があるなー。
Odds bodikinsとホークス卿はいいます。
bodikins はbody+kins体の小さいもの。kinsは接尾語で「・・・・・の小さい」の意

Chapter XI: Sir Hokus Overcometh the Giant

12章: フィクスの都

 その日の午後は三人の旅人にとって楽しいものでした。道幅は広く日蔭で、じつのところどこにでもあるありふれた道のようにみえたのです。ドロシーは臆病ライオンの背に気楽に乗っていたので、暇つぶしにホークス卿とオズの話をしました。ホークス卿は、特にかかしに興味がありました。

 ドロシーはあの腹黒いノームが地底王国の奴隷としてオズの仲間を捕らえようとしたとき、賢い麦藁のかかしが嘘つきのノーム王から仲間を助け出した話しを聞かせると、ホークス卿は膝をうって
「なんたる名誉なこと!ナイトの称号がふさわしい。」
といいました。

 「しかし、行かれてしまった。今勇敢な方はどこにいるのやら。」ホークス卿は渋い顔になると
「もしや剛腕を必要としているか、はたまたすごい怪物を意のままにしているか。」
といいました
 「まあ、そうじゃないといいのだけれど。」
ドロシーはかかしが困っているところを想像してしまったのでオロオロしてしまいました。
「でもなんでまた家系図なんかをきにしたのかしら。」
といいました。

 「かかし君なら自分でなんとかしますよ、信じましょう。」
臆病ライオンはそういったにもかかわらず、歩みを早めました。
「すぐにエメラルドの都につきますよ。そうしたらすぐにかかし君のいどころがわかりますよ。」


 三人が歩みを進めた国はとても美しい国でしたが、ひっそりしていました。夕方になるときれいな小川にでくわしました。ドロシーとホークス卿は顔を洗い臆病ライオンも水浴びをし三人とも生き生きとした気持ちになりました。そのあとまもなく、すばらしい洋ナシの果樹園にでくわしました。誰もいなかったので三人は思う存分自由になしをもぎ取りました。

 ドロシーと臆病ライオンは、ホークス卿を知れば知るほど好きになりました。ホークス卿はとても親切で礼儀正しかったからです。

 臆病ライオンはホークス卿がドロシーのために泉に水を汲みに行ってしまうと
「エメラルドの都に帰ったらホークス卿はとてもいい仲間になりますね。ホークス卿が今回の恩を忘れてしまったら、こん棒でたたいてやることにしよう。」
といいました。
「まぁさぞやいい音がでるでしょうね。それにホークス卿はいかなるときもよく覚えているわ。ところで、なぜここでは人を見かけないのかしら。夜になる前に誰かに会うといいのだけれど。」
とドロシーはいいました。しかし誰にも会いませんでした。あたりはどんどん暗くなってきて、ホークス卿の鎧はきいきいと嫌な音を鳴らし始めました。鎧は歩くためのものではありませんから、騎士の体はくたくたに疲れきっていましたが、けっして不平を言いませんでした。

 「油をさしたほうがよくないかい。」
臆病ライオンは暗闇の中でしたがホークス卿を心配そうに見ていいました。

「鎧の継ぎ目が少々錆びている。」
とホークス卿はぼやくと、片足の甲冑をはずし、それからもう片方もはずしました。
「ああ、いい馬がいたらな。」
ホークス卿は食べかけの巨人のボタンをたくみに動かしてみせました。

「ドロシーさんの後ろに乗ればいいのに。」
と臆病ライオンが申し出ると、ホークス卿は首を横にふりました。そうすれば臆病ライオンまでも疲れさせてしまうことをしっていたからです。


「うまいことなんとかするさ。今宵は馬にあえるかもしれない。」
とホークス卿はいいました。

 臆病ライオンは
「どうやってさ。」
といってあくびをしました。

 「たとえば、ここいらの木の下で眠るとすると、騎士用の雌馬を得ることができるかもしれない。」
とホークス卿はいうと、鼻高々といななきました。

 「ブルルルルーーー。」
と臆病ライオンも声をだし、ドロシーは手をたたいて馬の足音を真似てみせました。とはいえ木の下で寝ることにはなりませんでした。道は急にまがり、別の町の門明かりが見えてきたのです。大きく照らされた標札が門にかかっていたので、三人はそこが大きな町にちがいないということがわかりました。

 「フィクスの都と書いてあるわ。おもしろい名前ね。」
とドロシーがいいました。

 臆病ライオンは
「おそらく、我々を泊めてくれるでしょう。」
とホークス卿に目くばせしていいました。

 ホークス卿は
「あるいは、勇敢なかかし殿の手がかりをつかめるかもしれませんな。」
というと、足をひきずって前にすすみ、門を小手(鎧の拳)でたたきました。ドロシーと臆病ライオンはホークス卿の背後にくっつくと、誰かが門を開けてくれるのを今か今かと待ちました。

 
 町のなかでは大きなベルの音が鳴り響きました。そして次の瞬間、門が急に開いたので三人は顔を激しくぶつけました。

 「開いた!」
ホークス卿は威勢よくいうとすくっと立ち上がり、ドロシーのもとにかけつけました。
 「これが旅人を歓迎する方法なのかね。」
といいながらドロシーを助けおこすと、三人は前方めがけて走りだしました。というのも門は再び閉まろうとしていたからです。

 中はどこもかしこもランタンのせいで日中のように明るいところでした。とても不思議なのですがランタンはまるで大きな蛍が突進してくるかのようにみえました。赤いランタンがドロシーの顔のすぐそばで上下に動いたときは、ドロシーはおもわず顔をすくめました。それからゴクリと息をのみ込むとしっかりホークス卿につかまりました。
 「なんたることだ。」
ホークス卿はとぎれとぎれいいました。小道から二つの茂みがすすっと動き、ドロシーの右側までくると、大きな茂みが小さい方の葉っぱを引き抜き始めました。
「やめて!やめて!」
と小さい茂みがさけびました。大きい方の茂みは
「俺が何をしているか教えてやるよ。お前をやつけているから、葉っぱがなくなるだろうね。」
と乱暴にいいました。ホークス卿は大きな茂みにむかって剣を抜き、
「悪者め、放せ!」
といいました。二つの茂みは驚いて見上げましたが、ドロシーと臆病ライオンとホークス卿を見て二つの茂みはお互いの枝をつかむのをやめて、げらげらと笑いはじめました。
「これはこれはホウノキ君、とても豊かですね。おや、お仲間ですね。シットがこれをみるまでおまちください。」
というと間をおいて
「彼はひきつるでしょうな。」
といって先ほどの激しい口喧嘩をすっかり忘れ二つの茂みは小道を一緒にころがっていき、途中数分ごとに振り返って三人の旅人を見てわらいました。ホークス卿は
「いつもこうですか?茂みが話したり走り回ったりするなんて聞いたことありません。でも私は何百年も眠っていましたからな。」
と当惑して尋ねました。

 「もちろん私も聞いたことがないわ。」とドロシーは大きな声でいいました。

「でもね、オズではこういうことがしょっちゅうおきるのよ。」

とつけたしました。


 「もしかしてランタンは何が起きるのか用心しないのかしら。引き裂いてみようかな。」
すでに6個のランタンにぶつかっている臆病ライオンがいいました。
これを聞いていたランタンの一つが「どうやって用心したものやら。」
といってドロシーのところまで飛んできました。

「あなたは逃げ出すことも、出ていくこともできたのにね。」
と小さな少女のくすくす笑いの声がしました。

「われわれは消されないかぎり、出てはいかないのです。」
とべつの明かりがいいました。ここで臆病ライオンが数回飛び跳ねるとランタンたちは空中に高くまいあがり、明かり同士で文句をいいはじめました。このころには三人とも動きまわる明りに慣れっこになっていました。

 「人はどこにいるのかしら、不思議ね。」ドロシーは大通りの先に目をこらしました。
「家はなさそう。・・・まあ、見て。」

 とてもおいしそうな御馳走がのった三つのテーブルが、ペチャクチャおしゃべりをしながら通りを元気にあるいてくるではありませんか。
「人がいるにちがいないわ。」
とドロシーは言いました。

 「一人に一つずつの御馳走だ!」
臆病ライオンはそういうと喉をならし
「さあ食べよう!」
といいました。
ホークス卿は
「ひょとすると我々を招待するでしょうな。あの御馳走についくと食事客と合流しますからね。」
とやんわりといいました。

 「ごもっともです。それが普通ですよね。」
臆病ライオンは恥ずかしそうに答えました。というのも臆病ライオンはってとりばやくテーブルにとびかかるつもりでいたのです。

 「しー、静かについて行きましょう。今の話がきこえたらテーブルたちは走り出してお皿をひっくり返してしまうかもしれないもの。」
とドロシーがいいました。こうして三人は御馳走の載ったテーブルの後をゆっくりとつけていきました。ドロシーたちのフィクス人に対する興味はひとあしごとにつのっていきました。椅子がいくつかとソファがひとつ、コート掛けが三人を追い越していきました。ドロシーがのちにオズマに話した時は、話をする茂みの後だったからちっともおどろかなかったそうです。御馳走の載ったテーブルは三列大通りのはしにある角を曲りました。ドロシーたちを迎えた光景はたしかにかわったものでした。長い道の両端には三人が見渡す限りのずっと遠くまで人々がまっすぐに列をなして立っていました。人々はそれぞれチョークで描かれた丸のきっちりまんなかに位置していました。人々がじっとしていたので、ドロシーは彫刻にちがいないと思ってしまったほどです。



 三個のテーブルが現れるとすぐに通りのいたるところでベルが鳴り始め、夕食のテーブルと椅子が四方八方から走ってやってきました。フィクスの住民はみな同じようにみえました。大きくて丸い頭、のっぺりした穏やかな顔、二重あご、寸胴(ずんどう、ウエストがしまっていない)でした。足はぺったんこで、おそらくあなたが見たことのある大きな足のだいたい三倍の大きさでした。ご婦人方はハッバードドレス(ゆったりとしたロングワンピースで、ダーツなどなく、体をしめつけないデザイン)とカンカン帽をかぶり、殿方はキンガムチェックのスーツを着ていました。

 三人がこのような光景をよく観察している間に、テーブル達は自分の場所を陣取りました。テーブルがそれぞれフィクス人のまえに位置すると、衝突や口論をしていた椅子たちも適切な位置につきました。そして真ん中あたりから合図があると、人々は足を動かすこともなく席に着きました。ドロシーとホークス卿と臆病ライオンは言葉もなく見いっていたのですが、ちょうどこのときいたづらなランタンの群れが頭上に集まってきて、突然うるさくなったものですから、通りでは食事をやめて何事かと見つめました。

 「あらま!」ドロシーたちのそばにいたフィクス人がフォークで三人を指さし
「見てよ、旅人だ。」と声をあげました。

「こちらへどうぞ、こちらへどうぞ。すねをすりむかないように。なるべく歩かないように。」
と通りの中ほどから重々しい声が聞こえてきました。三人は通りの真ん中を行進してすすみました。臆病ライオンにいわせれば、それはまるでサーカスの見世物ようでした。

「止まって。名前をどうぞ。」
真ん中の隣にいたフィクス人は剣を高々と抜いていいました。

 ホークス卿は前に出て会釈すると
「こちらは、オズの国からきたドロシー姫と、臆病ライオンです。」
とのべました。

 「そして、ポーク国からきたホークス卿です。」
と臆病ライオンはつけくわえました。というのもホークス卿は自己紹介をせずに控え目に後ずさりしたからです。

 「ホオアク(いたずら)のポク卿、ボズのくびょうキオン、それからドから始まる少女。殿下にお目どおり。フィクス王、それは高貴なる位置づけのもと。」
と剣を持ったフィクス人は声をはりあげました。

 「ドから始まる少女だって!長ったらしい。」
王様は句をいいました。この王様は王冠以外は他のフィクス人と同じに見えました。
「中間はぬかして呼ぶとしよう。何が望みだ、ドの子よ。」
と尋ねました。

「私の名前はドロシーです。どうか、夕食を恵んで下さい。それから何かかかしさんについて教えてください。それから・・・。」

 「一度に一つじゃ。」
王様はドロシーをとがめました。
「それで、ポーカは何が望みだ、あとボズは?泊まるのかね。」

「一晩だけでございます。お優しいお方。」
ホークス卿は最上級の会釈をしていいました。

 「べつにうれしくもないね。」
と王様はいうと水を一口飲みました。
「で、そこの、おまえは別の問題をだしたね。どのように過ごしたいのかね。」
王様は仕方なしにテーブルの上で手を組み、隣のフィクス人にやれやれといった目線を送りました。
「どのようにとりはからうかね。スティッキン。当初、彼等は狂った椅子どものように走りまわってやってきよった。それに・・・。」

 「ベルを鳴らしても差し支えありません。」
とスティッキンはホークス卿をしげしげとみながら助言しました。王様は安堵のため息をつきのけぞる、呼び鈴に手をのばしました。王様の右側にある高い支柱には少なくとも20個の呼び鈴がついていました。フィクス人全員がこのような呼び鈴のついた支柱を持っているようでした。

 「王様の話すことったら、本当にくだらないわ。」
ドロシーは怒っていいました。臆病ライオンも怒った目をぎょろつかせました。

 ホークス卿は
「まかせて下さい。私は王様というものに慣れていますから。」
とささやきました。
「彼らはほとんどくだらないことを話しています。ですが、王様の機嫌をそこねると、われわれの耳のそばにあるやつらを負わされることになるやもしれません。そこで・・・。」

 するとバン!と音がして、ホークス卿とドロシーはすぐさま腰掛けることになりました。王様がとりはからってくれた椅子が到着し、二人の膝の裏にぶつかったのです。臆病ライオンはというとひらりと身をかわして、うなりながら椅子の脇に身をよこたえました。

王様はなかばあきらめた声で
「さあ、問題は解決した。では、再びとりかかろうか。あなたの主義はなにかね。」
といいはじめました。

 これにはホークス卿も不意をつかれました。ホークス卿が答える前に王様はどなりました。
「遅く来て、そして早々といすわる!どうかね。」
ホークス卿はドロシーにめぐばせをして
「いいぞ。」
といいました。
「二度とこないでいただきたい。」
スティッキン・プラスターはビスケットをほおばりながらもごもごいいました。王様は心配そうに
「先ほどの望みはなんでしたかな?」
といいました。騎士は
「夕食を三人分。」
とすばやくこたえてあらたに頭をさげ会釈をしました。王様はホークス卿を感心してみながら
「今それについて話しておる。」
といいました。
「この小さなドは全部をもつれさせおった。一度に一つじゃ。私はそういう主義なんじゃ。」

 王様は身を乗り出して別のボタンを押しました。このころにはフィクス人たちの訪問者に対する関心もうすれ、静かに夕食をとっていました。三つのテーブルがパタパタ音をたててやってきて、長椅子はひとりでに直立しました。ドロシーは臆病ライオンの夕食を地面におきました。そしてドロシーとホークス卿もポーク国を出発して以来の初めてのおいしい食事を楽しみました。三人は見知らぬ周囲の環境に徐々に慣れてきていました。ドロシーは
「かかしさんのことを王様にきいてちょうだい。」
とお願いしました。全員の食事が終わると、テーブルたちは整然とグループごとに引き上げていきました。王様はというと、ねむそうに椅子にもたれかかっていました。ホークス卿は姿勢を正すと
「オホン、陛下はあの高貴なかかし殿を見ませんでしたか?もしくはあなたの崇高なるフィクスの民がかかし殿についてなにか知っていることが・・・。」
すると王様は目を開けました。
「おまえは間違っておる。」
と不機嫌そうに話をさえぎりました。
「われわれには二つ目の問題があるのみ。夜はどうやってすごすのじゃ。」
ホークス卿はすぐさま
「眠りにつきます。殿下にお許しいただけるなら。」
とこたえました。王様は
「よかろう。」
と重々しくいいました。ホークス卿がすぐに答えなかったので、王様はイライラして
「楽しみはおわりじゃ。早寝遅起き、これも私の主義でね。それ、お前の番じゃ。」
とつけくわえました。そこでホークス卿が
「立派なかかしどののことをなにか御存じありませんか?」
とたずね、王様の返事を心配して待ちました。
「かかしのことは知らんな。以前はがかかしをみかけたが、分別のあるやつで、道理をわきまえた人のようにつるされていて、周りで椅子やテーブルに追いかけっこをさせていたな。」
ホークス卿は
「すると、かかし殿はいづこにいったのですか?」
ととても動揺してたずねました。
「絵のなかじゃよ。ちょと待て、持ってこさせるから。」
と王様はいいました。ホークス卿は
「それには及びません。私どもは生きているかかしを探しております。」
とがっかりした声でいいました。ドロシーはおとなしくしていられなくなっていましたから
「なぜ王様はいつもそのままで、家具たちが周りを走り回っているか教えていただけませんか。」
と尋ねました。王様は
「おまえはどこにいるかを忘れとるな。おまえの番ではないぞ。でも今回はみのがしてやる。小さきドよ、きづいておるかな。家具たちの寿命は人より長いということを。」
ドロシーは
「そうね。」
と認めました。シット王は腕を組み満足げにドロシーをみて
「そこでだ。我々はものごとをよりよくしてきたのだよ。我々はただ立っていて、家具たちが走り回ったり、すり減ったりすることを許しているのだよ。」
と説明しました。
「家具がはどのようにおまえさんにぶつかったかな?」
ドロシーはちょうどよかったことを認め、
「でも、ずっとそのままで疲れてこないのですか?」
とききました。スティッキンプラスターは
「髪も花もトウモロコシも成長するけど、疲れるなんてきいたことありません。それがなにか?」
とドロシーのほうに身をかたむけていいました。王様は目を閉じながら
「その子は充分話したと思うね。」
といいました。

 ホークス卿は何回も王様を心配そうに見ていました。そして今度は王様のそばにちかづき、つまさき立ってかすかな声でささやきました。
「ここにはドラゴンはいますか?」
すると王様は大きなあくびをして目をひらくと
「ワゴンといったのかな?」
と尋ねました。ホークス卿は
「しっー。ドラゴンです。」
といって声をひそめるよう伝えました。王様は
「そやつのことは聞いたことがない。」
と返事をしました。臆病ライオンはひげの後ろでクスクス忍び笑いをしました。ホークス卿はおおいに混乱し後づさりました。すると王様は突然
「何時かね。」
と聞いてきました。王様がベルにふれると、またたくまに時計達がとおりを走りぬけてきました。大きな時計は小さい時計をこづきました。おじいさん時計はあまりにも速く走ったので、石につまづいて顔をうち、顔中にひびがはいってしまいました。王様は怒りながら
「時間がたっぷりあるのに、なぜそうするのかね。」
といい、その間に二つのコートかけは時計が立ち上がるのを手助けしました。ドロシーはクスクス笑いながら
「みんな違う時間をさしているわ。」
といって臆病ライオンをこづきました。八時をさしているもの、九時をさしているもの、十時半をさしているものがありました。スティッキンは高飛車に
「なぜ、時間がちがうのかだって?そりゃあ、他のものより早く走るためさ。」
といいました。王様は
「時間をよこせ。」
といって、ドロシーをしきりに見ました。臆病ライオンは
「なまけたやつら。」
といいました。でもドロシーは一番近くにある小さな時計を手にすると、シット王に手渡しました。王様は
「私も昔はそう思っていたよ。」
というと、あくびをしながら時計を指し示しました。すると、みんながいっせいにベルを鳴らし始めたので、ドロシーは耳をふさがなくてはなりませんました。すると瞬く間に、通り一面ベットで埋め尽くされました。ドロシーは笑いながら
「タクシーみたいに集まってくるわね。」
とホークス卿に話しかけました。騎士はちょっぴり微笑みましたが、実のところタクシーなんて見たことがなかったので、ドロシーの話していることはわかりませんでした。王様は
「これがあなたのベット。あちらの隅に連れて行ってもらいたまえ。私はいびきは耐えられんからね。」
と手短にいいました。これを聞いてドロシーは
「私、いびきなんてかかないわ。どうもご親切に。」
とおこりながらいいましたが、王様はすでにベットにもぐりこみカーテンをきっちりと閉じてしまいました。
「私たちもベットに入ったほうがいいわね。疲れちゃったもの。」
と少女はいいました。

 三台のベットが通りの中ほどで落ち着きなく揺れていました。そのベットの寝台はとても高く、重い更紗のかかった四柱式のものでした。ドロシーは青いベッドを選びました。ホークス卿はドロシーを注意深くベットにのせてから、街灯と口喧嘩をしているベットを捕まえにいきました。ホークス卿が厳しくいいつけると、ベッドは喧嘩をやめて、小走りにホークス卿のところにやってきました。臆病ライオンは、ライオンの習慣に反してベッドにとびのりました。こうして三台の天蓋ベットは王様のいいつけどおりに静かに通りをさがっていきました。

 ドロシーは靴と服を脱ぐと、ここちよいやわらかなシーツの中に身をすべりこませました。
「寝台列車のようだわ。戻ったら、かかしさんやオズマに話さなきゃならないことがなんてたくさんあるのかしら。」
ドロシーはうとうと考えました。ベットは
「おやすみなさいませ。」
と礼儀正しくいいました。
「おやすみなさい。」
とドロシーはこたえました。ドロシーは、ベットが”おやすみ”なんて口をきくのはおかしいと考えることさえできないほどすぐに眠ってしまいました。

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フィクス(fix)=固定する、決める、修理する、食事を用意する
Mother hobbard dress だぼっとしたウエストの絞り込みのないロングワンピース。現代だとネグリジェの型に似ている。ムームー。ネット検索をすると、エプロンをしたりベルトをするなどの着方がある。エリザベス女王陛下も王子とダイアナ妃の結婚式でハッバードドレスを着て列席。袖や襟のディテールと生地の質感しだいで正装にもつかえることに感心した。
straw sailor hat カンカン帽
王様の名前はSit    sitは座る、止まるという意味

Chapter XII: Dorothy and Sir Hokus Come to Fix City

13章: 踊るベッド、ひろげられた道

 翌朝、「これは難破船にちがいないわ。」ドロシーは起こされたときにそう思いました。激しく上下にゆれうごいていたからです。

「起きる時間です。」
とげとげしい声がまくらもとから聞こえてきました。

 ドロシーは目をこすりました。天蓋ベッドの支柱のうち一本はドロシーとあいさつをかわしました。大きな四本の支柱たちは正真正銘のジグダンスを踊っていました。

 「まあ、やめて!」
ドロシーは叫ぶと投げ出されないように支柱をしっかり握り
「私起きているの、あなたたちわからないの?」
といいました。

 「それでは私の仕事時間は終わりです。あなたは急がなくてはなりません。」ベッドは不機嫌そうにいいました。
「私は9時からは講義の予定がありますからね。」

「講義ですって!」
ドロシーはびっくりしました。

 「なにかおかしいですか?」ベッドは冷やかなおももちでいいました。
「私はお手入れをかかせません。つや出し家具の部類に属しているのですからね。急いで下さい。さもなくば放り出しますよ。」
といいました。

 ドロシーは着替えをし髪をくしでとかしながら、私のベッドはいまのように生意気な態度で話すことはないのでよかったわと思いました。「うっかりベッドにこき使われるところを想像してしまったわ。ホークス卿は起きているかしら。」
 天蓋のカーテンはひらき、ドロシーはベッドから飛び降り、ベッドはお別れの挨拶もせずにいってしまいました。ホークス卿は柵に腰かけてベッドにあったまくらで鎧を磨いていました。臆病ライオンはホークス卿の隣でのんきにしっぽをはたいて、通りかかった家具をからかっていました。ドロシーは
「朝食はもう食べたかしら?」
といって仲間に加わりました。臆病ライオンは気取ったようすで
「レディをお待ちしておりました。ホークス、私には朝食二人前をお願いしていただきたい。一人前ではまったく足りない。」
といい笑いました。ホークス卿は まくらカバーを放り出すと、楽しそうにはなしながらフィクス王シットの輪のほうに歩いて行きました。ベッドのあった場所は朝食のテーブルに取り替えられ、通り一面忙しそうに食べていました。
「おはようございます、王様。朝食4人前お願いいたします。」
王様はいま食べているオートミールから顔をあげずに呼び鈴を4回ならしました。王様はさわがしいのはごめんだといった様子だったので、三人はテーブルについて静かに待ちました。

 ドロシーはホットロールをぱくぱく食べながら
「この街は、とてもいいところもであるわね。」
といいました。

 「一理ありますな。」
ホークス卿は焼きりんごをほおばりながらこたえました。
といいました。臆病ライオンはというと二人分の食事をもうたいらげていました。
「それでは行きますか。」
ホークス卿はテーブルをはなれると
「われわれが旅を続けることをお許しください。善良なるフィクスの王様、エメラルドの都への道を教えていたでけませんか?」
といいました。

「行きたいなら、あっちへ行け。ここに残るなら、むこうでそうしてくれ。これ私が私の主義なんでね。」
と王様は手短にこたえました。それから
「普通の家具のようにそちこちを走り回っている人間をここにはおいておくわけにはいかないのだよ。」
と悲しそうにつけくわえました。フィクス人たちはこの意見におおいにうなずきました。

「三人に、残るか出発するか選ばせましょう。」
スティッキン・プラスターは言い張りました。

 王様はポケットをさぐり三本のチョークをとりだしました。
「通りのはじっこまでいきたまえ。場所を選んで君たちの輪を描きなさい。5分以内にきみらは輪のなかから出られなくなる。そして不要な動きをしなくてすむようになる。」
といいました。

 ドロシーは
「私たち立ったままは望んでません。」
とはむかいました。

 ホークス卿もまわりをにらみながら
「望んでおりません。剣にちかって。」
とすかさずいいました。そして不機嫌そうな王様をみながら深く会釈をし
「陛下が寛大にも、われわれをこの街から出していただけるなら・・・・。」
といいました。

 「道の切れ端を買うがよい。そして道が導くところへ行くがよい。」
王様が突然いいました。

 王様からのがれられたのでこれ以上の長居は無用とばかりに、三人はこの長い通りを下っていくことにしました。

 ドロシーは
「雨が降ったらどうするのかしらね。」
と、きちんと整列した人々の列を見ながら不思議がりました。

 「屋根を呼ぶにきまっているだろ!」
ドロシーをじろじろ見ていたフィクス人が突然こたえ
「おまえさんは歩く代わりにもっと考えることに時間を使えばいいのさ。」といいました。

 ホークス卿は剣をふりかざして
「向こうへ行け!ひっこんでいろ」
と叫びました。ドロシーは争いをさけたかったので、ホークス卿にもう行こうといい、フィクス人たちの視線を感じながらそばを離れました。

 フィクスの都は一つの長い道でできていたようでした。そして三人はじきに街のはづれまでやってきました。

 そこでの光景を見た三人は、まずホークス卿は
「なんたること!」
といい、臆病ライオンは
「偉大なるヤシの木さま!」
と心のよりどころであるふるさとの木に助けを求めました。

 ドロシーはというと、ただただ目をこらすだけでした。道はたしかにぷっつり途切れていていました。道の向こう側はなにもないのです。ようするに、からっぽの空間があるだけだったのです。

 臆病ライオンは二三歩さがって
「そうですね、これは困りました。」
といいました。

 すると
「気に入ってくれてうれしいですよ。」
と息切れした声がしました。三人はおどろいて振り向きました。おおきなフィクス人が三人をしげしげと見ていました。そのフィクス人の輪は、フィクス人の列の一番最後のもので、ほかの人の輪の20倍ぐらい大きなものでした。そしてわきには

『道の店』

という大きな看板がたっていました。

「そういえば王様は道を買うようにと言ってなかったかしら。」
ドロシーは興奮をおさえてホークス卿にいいました。

 ホークス卿は会釈をして
「そちらのお方、われわれに道をお教えいただけますか。」
と尋ねました。するとそのフィクス人は親指をぐいっと看板にむけて
「どんな道をお望みですか。」
としゃがれ声で返事をしました。

 ドロシーは
「エメラルドの都に戻る道をくださいな。」
といいました。

 すると店主は首を左右に振り
「そんな道は売れないね。」
といいました。
「ここの道というのは道の望むところへ通じていてね。だからあんたがたは道が連れていくところへ行くはめになるのさ。さて、行くかい、それともやめとくかい?」
といいました。

 臆病ライオンは
「行く。」
と身震いしていいました。というのも道の切れ目の断崖絶壁をみているとぶるぶるふるえてしまったのです。
 「どんな道にするかい?自分で決めてくれ。私は忙しいのでね。」

 「どんな道があるのかしら?」ドロシーは遠慮がちにききました。
道を買うなんてドロシーにとっては初めてで、少しばかりそわそわしていました。

 店主は
「晴れてる道、薄暗い道、まっすぐな道、くねくね道、分かれ道」
と指折りしめしました。

 「分かれ道はいやだわ。」
とドロシーはきっぱりいいました。そして
「道の両脇には木が植わっていて、最後に水のある道ってあるかしら。」
とたずねました。

 「長さはどうするね?」
店主はわきにある長いカウンターから店主とほぼ等身大のはさみを取り出して来ていいました。

 ドロシーがまごついているようなので、ホークス卿が
「5マイルほど。そのぐらいあればどこかへ連れて行くだろうさ。」
といいました。

 店主はカウンターにある呼び鈴の一つをを鳴らしました。次の瞬間、地面にある大きな跳ね上げ扉が開いて、きれいに丸まった大きな巻物が足元にとびだしてきました。

 「さあ、乗った!」
と店主がはっきりとした口調で三人をせきたてたものですから、ドロシーたちはとびのることになりました。最初にホークス卿が道をつかみ、ドロシーはもう広がっている道の切れ端に足をかけました。臆病ライオンはとても心配でしたが、これにつづきました。三人の旅人達が道に乗ると、すぐに道はすざましい音をあげて前に広がり始めました。まず、三つ折りの道がのび、次にものすごいスピードでするするとほどけていきました。道が広がると、道の両脇から背高のっぽの木立が立ち上がり、まんなかでごちゃごちゃになっている三人の旅人を愚弄して笑いはじめました。


 「よっ・・・良かったわ。5マイルにしておいて。」
ドロシーはどもりながらホークス卿にいいました。ホークス卿はというと、鎧をフォード車(大量生産の先駆けとなったアメリカの大衆車)のようにがたがたゆらしていました。

 臆病ライオンはというと木にしっぽを巻きつけ、道に爪をくいこませました。なにもないところへ落ちていくつもりはなかったからです。道はというと一分間に一マイル(一マイル=1.6km)ずつパタンパタンと広がっていきました。そして最後はというと、三人がこのとてもかわった旅に慣れる前に空中へほうりだし、道自身は巻きもどっていきました。

 道に放り出されたドロシーはぐるぐるまわりながらどんどん落ちていき、広い川におっこちました。それからはさらに川の流れに飲み込まれていきました。

 「助けて!」
ドロシーは顔が水面に出たときに助けをもとめ弱々しく水を掻きました。ドロシーの呼吸は空中落下の際に奪われていたのです。

 とそこへ
「何かしてほしいかい?」
と声がしました。声の主は細身のこざっぱりした少年で、岸から心配してドロシーを見ながらも、持っていた帳面に注意深く書き込んでいるところでした。


 「助けて!なんとかして!」
ドロシーはこのままではまた流れにのみ込まれてしまう思いつつ、むせかえりながらさけびました。
少年は手をラッパのようにして口にあてると、
「待ってて。『H』の欄の次を探してるんだ。」
といいました。それから少年は本をパラパラめくると
「君は島なの?島とはそれ自身が水に完全に囲まれた土地の集まりとある。これはそこの誰かさんみたいだな。」
とつぶやくのをドロシーはききました。それから我に返った少年はゆっくりと顔を持ち上げると
「ごめんよ。でもね、今日は都合が悪い日なんだ。僕は月曜日にだけ人助けをするのさ。」
といいました。

 すると「どけよ。ひどいやつだな!」
と別の声がして、さっきの少年よりとてもだらしない点をぬかしてはまったくそっくりの小年が小川に飛び込みました。

 「役立たずだわ。」ドロシーは目をとじてしまいました。というのも少年はドロシーが落ちているところよりも川下に飛び込んだので、結局なにもできないじまいだったのです。水は再びドロシーを飲み込みました。そのあとドロシーは自分がひっぱりあげられていると感じました。

 ドロシーが目を開くとそこには臆病ライオンがいました。
「だいじょうぶですか?」
臆病ライオンは心配そうにいいました。
「できるかぎり早くかけつけたのです。僕は川上に落ちました。ホークス卿は?」
とききました。

 「まあ、ホークス卿は沈んでしまうわ。あれほどの重い鎧では泳げないもの。」
ドロシーは自分が命びろいしたことも忘れて大きな声をあげました。

「大丈夫、僕が助けに行ってきます。」
と臆病ライオンはいうと、息もととのえずに小川に飛び込みました。それから月曜日にしか人助けをしない少年がドロシーにおずおずと近づいてきました。
「あなたの意見をききたいのです。もしよければですけど。将来役に立つだろうから。」
といいました。

 ドロシーは洋服を絞りながら
「あの場合、助けてくれるものじゃない。自分自身を恥ずべきよ。」
といいました。

 少年は
「そのように記述しておきます。」
とまじめにいいました。それから
「ところで、落ちていった時はどのように感じたのですか?」
といって、小さな帳面の上に鉛筆をかまえて待っていました。

 ドロシーはうんざりして
「あっちへいってよ。」
といいました。

 「しかし、私の大切な方・・・。」
と少年がつづけたので、ドロシーは言葉をさえぎり
「私はあなたの大切な人ではありません。まあなんということでしょう、なぜ臆病ライオンは戻らないのかしら。」
といいました。

 すると「おまえは向こうに行けよ。」
と二番目にあらわれた少年が水をしたたらせながら急いで戻ってくるところでした。
 最初の少年は
「私はただちょっとした情報を集めていただけなのに。」
とふくれて文句をいいました。濡れた少年は
「速く泳げなくて悪かったね。」
とドロシーのところにきて悔しそうにいいました。

 「助けようとしてくれてありがとう。あの人はあなたの兄弟かしら。ところでここがどこだか教えてくださるかしら。あなたが黄色をまとっているということは、ウインキーの国のどこかということかしら。」
とたずねました。

 「両方とも正解さ。」
と少年は笑いながら言いました。
「僕の名はラン。それからあいつの名前は、メモ。」
少年は恥ずかしそうに親指をいじくりました。
「ランダムとメモ。わかるかい?」

「そういうことね。」ドロシーは目を半分とじたままこたえました。
「それで彼はいつも記録をしているというわけかしら。」

「そのとおりです。そして僕はランダムだからなにもかも雑にやっちゃうし、あいつはメモだからなにもかも覚書にしてしまうわけです。」
とランはいいました。

「二人は足して二で割ったらいいわ。」
とドロシーはいいました。それから臆病ライオンがホークス卿をひきずってきたのが見えたので、いそいで立ち上がりました。しかしランはこの獣を一目見るなり声高に助けを求めながら走り去って行きました。それからのドロシーは双子のもう片割れにも会うこともありませんでした。


 臆病ライオンは柔らかいところへホークス卿を降ろしました。ドロシーが鎧を脱がせると、たくさんの水が流れ出てきました。

 「みな・さん・・御・・無事で。」
ホークス卿はむせかえりつつも、立ち上がろうとしました。
 「さあ、息を整えて。」
臆病ライオンは優しく見つめながらいいました。

 ドロシーは
「道の行く手に水があったらいいだなんて、なんで頼んじゃったのかしら。」
とぼやきました。
「でもね、どっちみちウインキーの国のどこかにきたらしいわ。」
といいました。

 ホークス卿はまだむせていましたが、だんだん生気が戻ってきました。そして
「貴君みたいな高貴な獣はナイトに称されるべきだ。なんたること!私の命を救ったのはこれで二度目だ。」
というと、よろよろと立ち上がり、ふらつく足で臆病ライオンのところまでやってきて肩をばんばんとたたきました。
「立派な方、騎士臆病ライオン卿。 」
ホークス卿はしゃがれ声でそういうと、あたまから崩れ落ち、ドロシーと臆病ライオンが驚いている間に竜やこん棒がどうのこうのと幸せそうに寝言をいいながらぐっすりと眠りこけてしまったのでした。

 ドロシーは
「ホークス卿が起きるまで待たなくちゃね。それまでには洋服も乾くわ。」
といってそこいらを走りまはじめました。そして急に臆病ライオンの前でとまると
「それからムシノスケ教授の本にも騎士臆病ライオンと記されるわね。」
といいました。

 臆病ライオンはみるからにはずかしそうに
「そんな。臆病な騎士なんてきいたことがありません。」
といいました。

 ドロシーは
「そんなことないわ。」ときっぱりいいました。
「あなたはこれからは騎士です。かかしさんは喜ばないかしら?」
とたずねました。

 臆病ライオンはホークス卿の隣にすわりながら
「いつになったら、かかしくんがみつかるやら。」
とため息をつきました。

 「大丈夫よ。私にはわかるの。」ドロシーは明るくいいました。

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rishe=richi 豊かさ 経済的豊かさというよりも、心の豊かさ。「立派」と訳してみました
Chapter XIII: Dancing Beds and the Roads that Unrolled

14章: 息子と孫の謁見

 ほんの二三日シルバー島にいるあいだに、かかしはたくさんの改革を行い、かかしの知恵のおかげだと島民から感謝されました。かかしはどこにいってもにこやかに声をかけられ、大老チュウチュウでさえおおらかになり、いまやハッピー・トコにつらく当たることはなくなりました。しかし、かかしにしてみれば新しいしわが四本もできてしまいかなり憂鬱でした。オズの国で過ごしたようなのびのびとした生活がなくなってしまったかかしは、島を治めていない時間はずっと、とうもろこし塔の我が家やエメラルドの都にいる愉快な仲間のことに思いふけていたのでした。

「みんながあの魔法の絵を見て、私に戻るようにおねがいしてくれたらいいのに。」
と思いをめぐらしました。しかしかかしは、シルバー島にいるからにはこれが自分の役目であり、ここには養わなくてはならない家族がいると思ったので、できるだけ良い表情をしていようと決めたのでした。それにハッピー・トコはかかしを元気づけるためにできるかぎりをつくしたのでした。

 ゴールデン王国に勝利した翌々日の朝、ハッピー・トコはとても興奮した様子で王座の間に駆け込んできました。


 「立派なご子息方が到着しました。」ハッピーは宙返りして告げました。
「こちらへいらしてください。尊敬すべき温厚なお方、ご子息とそのお子様をご覧ください。」
銀の玉座に座ったかかしはそれはもう喜んで、銀の銀魚鉢と花瓶を三個ひっくり返してしまいました。ついに本物の家族と対面するのです。シルバー島に来てからというもの、三人の王子とその子供十五人は皇帝用豪華客船で船旅に出ていたのでかかしは今日までまったく家族に会っていなかったのでした。

 「いよいよ私の生涯において、とびきり幸せな瞬間だな。」
というと、黄色の手袋の手でパンパンとたたき、扉を一心に見つめました。ハッピーは少し不安でした。というのも三人の皇子はとても傲慢で横柄な人だったのです。でも何もいわずにいました。そして次の瞬間、かかしの家族はまじめくさって謁見にやってきました。

 かかしは
「子供たちよ!」
と叫ぶと、いつものようにすぐさま前に歩み寄ると一番年長の豪華ないでたちの皇子に腕をまわしました。

 すると
「気をつけてください。尊敬すべきお父上。」
といって皇子は後づさりしました。そして
「お年なのですから興奮はよくありません。」というと大きな銀の眼鏡をかけて、かかしをしげしげとながめました。

二番目の皇子は
「おいたわしい、やせ細ってしまわれて。 陛下におきましてはこの華々しい島とかよわきわれらを長きにわたって統治せんことを。」
と深くおじぎをしていいました。

 三番目の皇子は
「国のお仕事は疲れないですか、父上?」
と首につけている宝石のついたネックレスをいじくりながらいいました。

 それから一番目の皇子が再び口を開き、
「長男として申し上げますが、あなたが隠居をおのぞみならば、私が皇帝になることを喜んでお引き受けいたします。」
といい、
「10歳は若返りますよ。」
とハッピー・トコにあてつけがましくいいました。

 かわいそうにかかしはこの冷たい態度にびっくりし、やがて疑いをもつようになりました。

「三人の皇子が下がるのであれば、孫たちと話しすとしよう。」
かかしはさりげなく皇帝の物腰で会釈をしました。三人の皇子たちは驚いて目線を交わしましたが、額に手をあてて三回挨拶をすると広間の後ろへ下がりました。

かかしは15人の絹をまとった幼い孫達のほうを見て
「それじゃあ、かわいい子たち・・・。」
といいかけて、なにやら違和感をおぼえました。銀の髪はきっちりと三つ編みにされていて、その三つ編みを頭の両はじに目立つようにつけていたのでとても変わった印象を与えたのです。かかしの最初の言葉で15人の孫たちはうやうやしく鼻がつくまでお辞儀をしました。かかしは孫たちがきちんと起き上がると列のはじから順々にオズにいた時の調子でおもしろおかしい質問をしてみました。ところが孫たちはお辞儀をしおかしな返事をしただけでした。

「はいそうです、お優しいおおおじいさま。」

「いいえちがいます、お優しいおおおじいさま。」
としか言わないのです。かかしはお辞儀とおきまりの挨拶をくりかえす孫たちにほとほとまいっていまい、話しをすることをあきらめてしまいました。

「この子たちと話すだけ無駄なのか。」
というと情けななくて涙が出てきました。
「これではものものしすぎます。君らは笑ったことはないのかい?」
と言いました。というのも、オズの子供たちならおかしくておかしくて笑いが止まらない話をしてあげていたのです。

 ハッピー・トコは皇子たちが床で頭をうつほどの深々としたお辞儀をしているすきに
「皇子さまがたは尊敬すべき祖父の言葉を笑うということは許されていないのです。」
と説明しました。

 これをきいたかかしは
「じつに馬鹿馬鹿しい。」
といって玉座にたおれこみました。
そして「クッションを持ってきてください。」といいました。
ハッピー・トコはすぐさまクッションを取りにゆきました。やがて15人の皇子たちはかかしの足元に輪になって座らされました。
「平身低頭はぬきでね。」
とかかしは告げました。すると皇子たちは
「はい。おおおおおじい様。」
といって、できる限り身をかがめました。

「ちょっとまって。」
かかしはあわてていいました。
「話をするとしよう。ある時のことです。オズと呼ばれる美しい国がありました。その国のまわりはずっと死の砂漠で囲まれているのですが、そこへドロシーという少女がやってきました。ものすごい突風が・・・・どうかしたかな?」
かかしは途中で話をやめました。一番上の皇子が袖から本を取り出してぱらぱらとページをめくりはじめたからです。

 「地図に載っておりません。おおおおおじいさま。」
とまじめくさって告げると、他の皇子たちもみな頭をふりつまらなさそうに
「地図には載っておりません。」
といいだしました。

 「そりゃそうさ。オズは地図に載っていない。オズの人たちがこの世のすべての生きとし生ける人間に来てほしいとでも思っているのかい?」
かかしはそういうと心を落ち着けて話をつづけようとしました。しかしオズの話になると小さな皇子たちは首をよこにふり
「地図にないんだって。」
とさわぎました。これにはいくら気立てのよいかかしでも、話す気力がなえてしまいました。かかしは相手が孫であることも忘れて
「地図にはのっていない、それがどうした!小悪魔ちゃん!君たちの頭はカチコチの銀でできた石頭なのかい?」
といいました。

 一番上の皇子は
「私たちはオズの国なんて信じません。そんなところあるわけない。」
と平然と言ってのけました。

 かかしは
「お伽の国などないというのだね。タッピー聞いたかい?なぜなのかな。みんなオズを信じてくれると思ったのに。」
と憤慨していいました。

 皇帝付冗談係は
「いずれわかるときがきますよ。子供とはそういうものなのです。」
といいました。ハッピーが思うに、皇帝陛下は一日にして十分な家族を得たようでした。15人の皇子たちはぎこちないお辞儀をすると、王室の育児室へ戻っていきました。かかしはといえば憂鬱そうに玉座の間をいったりきたりして、その度ごとに着物の裾に足をとられました。

 かかしはハッピーがもどると話しかけました。
「ねえ、タッピー。祖父というものは想像していたものとはちがっていたよ。オズを信じないって私の顔をまっすぐ見ていったのを聞いたかい?それに息子たちときたら・・・うっうっ。」

 ハッピーはかかしを慰めようとして
「とるにたりないことでございますよ。それよりも、よろしければかの有名なお国の話をもっと私にお聞かせ下さいませ。」
といました。ハッピーはオズの話ほどかかしを元気づけるものはないことを知っていましたし、実のところハッピー自身は、かかしの数々の話は素晴らしく楽しいものでした。ですから二人は宮殿の中庭へそっとぬけだすと、かかしは14回目でしたがドロシーに発見された話やオズマの話をし、しばし自分が皇帝であることを忘れたのでした。

 ハッピーはかかしの話が止まった時に
「陛下の心の中でオズは生きているのですね。」
と感心していいました。
「それは無理なことだよ。ご覧の通り、かかしには心がないもの。」
とかかしはやさしくいいました。

 ハッピーは目をしっかりあけるとはっきりした声で
「それでしたら、われわれにもないほうがよろしゅうございます。」
といいました。かかしはためらいましたが、冗談係は頭をもちあげて、かかしが話をしている間に作った歌をうたいはじめました。

一人かかしは畑に立っていた

くるカラスをおっぱらっていた

胸の麦わらくすぐったくて、おおきなくしゃみがひとつ出た

鳥たちびっくりぎょうてんし、いっせいに空高くまいあがった

かかしはうれしそうにこういった

”くしゃみってやつは、丁寧になんて無理だろう”

「へえ!」
とかかしはうなると
「君はスクラップスみたいに詩を作るのが得意だね。私のために書き留めておくれ。スクラップスに見せようと思うんだ。」
といいました。

 するとハッピーは指を一本たてて
「しーっ。静かに。」
と小さな声でいいました。かかしはあわてて振り返ったので、帽子についた銀の三つ編みが首にきつく巻きついてしまいました。驚いたことに、もう一方の生垣では三人の皇子たちがうろついていて、むっとした声で内緒話をしているところでした。

 「尊敬すべきお父上はなんといういたましい姿で現れたのだろう。聞くところによると、擦り減らないらしい。」
と誰かがつぶやきました。
「何年もこのままいつづけるのだろうか。どうしたら私が後目をつげるのだろうか知りたいものだ。このままではわれわれより長生きするかもしれない。」

 二番目の皇子は
「銀の川に投げ込むとしよう。」
といいました。

 「無理だよ。王宮の予言者の話だと、あのあさましいオズ王国とやらはだれも滅ぼすことはできないと言っていました。私にいい考えがある。ちょっと耳をかしてくれ。いいかい。」
といって声をひくくしてぼそぼそと話し始めました。もはやこれ以上のことはハッピーとかかしには聞き取ることができませんでした。

 ハッピーは
「反逆者め!」
と口走ると、いまにも生垣をこえていこうとしていましたが、かかしはハッピーの腕を捕まえると、奥へと引き寄せました。かかしは皇子たちが何事もなく玉座の間に戻っていくと、
「皇子たちは、あわれな父を好きではないらしいね。私は金科玉条よりも古ぼけているみたいだ。 ねえタッピー、どうして豆の木を降りてきてしまったのだろうね。不幸になるばかりだよ。」
といいました。

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Kinkajou   金科玉条 家の家訓やしきたり古(いにしえ)の教え
Chapter XIV: Sons and Grandsons Greet the Scarecrow

15章: 皇子たちの悪だくみ

三人の皇子はそれぞれ、
「国の平安のためにお手伝いさせてください。」
「杖をおもちしろ。」
「足元お気をつけて。」

 三人の皇子たちはそれぞれやさしいそぶりをみせながら中庭の銀のベンチに腰かけているかかしのところへやってきました。かかしは昼食時には中庭の銀のベンチですごしているのです。

 「ご機嫌いかがですか?」
年長の皇子がいいました。それから悪賢い皇子は
「おい、ハッピー、あっちへ行って陛下にスカーフをお持ちしろ。気をつけなくてはいけませんよ。あなたの歳ではすきま風は体に毒です。」
といいだし、かかしの首にスカーフを巻きつけてしまいした。

 かかしは
「ハッピー、皇子たちはなにをしでかそうとしていると思うかい?」と三人の後ろ姿をいぶかしげにみました。
「皇子たちが急に献身的になったのはなぜだろうね。のどかななこの国がひっくりかえるよ。」といいました。
ハッピーは
「年寄り扱いしているのですよ。」
と不平をいいました。さきほどの中庭での皇子たちの内緒話から数時間がたっていました。かかしは息子たちに注意をはらう一方で、皇子たちが言い出してくることにはどんなことでも従うと決めていました。そうすれば皇子たちからは疑われないことでしょう。そして時がきたら、かかしは行動に出るつもりでいました。かかしは何をすることになるのかはわかりませんでしたが、自分のすばらしい脳みそがなんとかしてくれるということはわかっていました。その日の午後はしきりに皇子たちが近づくので、ハッピー・トコはなるたけかかしのそばに寄り添い、皇子たちが近寄るたびににらみつけました。

 かかしは皇子たちから
「天から授かった古いかかしの頭の具合はいかがですか?」
「痛風で苦しいですか?」
「お医者様を呼ばせましょうか?」
とさんざんいわれると、今までのわら人形の人生のなかでは年齢については全く考えたことがなかったので、だんだんおろおろしてきました。

 「かかしは年寄りか?頭痛がしたか?」
かかしは自分のことを見ている人が誰もいなくなるとくまなく注意をはらってみました。するとかつてのオズでの気持ちがある程度はよみがえってきました。一番上の皇子が背にあててくれたクッションをつかむと、頭に投げつけてみました。それから玉座をとびだし、うかつにも元気にとんぼ返りをはじめました。

 「尊敬すべき年老いた父上という奴は、心配にはおよばない。このまま二百年は大丈夫だ。」
かかしはけらけら笑うとハッピーにウインクしました。

 三人の皇子はかかしの元気な様子をねたましくみていました。

 一番上の皇子が
「心臓はだいじょうぶですか?」
と声をかけました。

 「心臓なんて私にはないよ。」
とかかしは笑って答えました。そして腰の周りについていた銀のひもをはずすと、広間で縄跳びを始めました。皇子たちは額を何度も下げると退席していきました。これを見たかかしはハッピーに腕をまわすと内緒話をはじめました。かかしにはちょっとした作戦があったのです。


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 その頃、シルバー島の山中にある暗い洞窟の中では、大魔術師が大きな魔法の鍋を掻きまわしていました。数秒おきに暖炉の上にたてかけてある黄色い本を読み上げるために手を止めました。巨大な格子のついたての中の火は、大きな黒鍋の下で猛烈に燃えさかり、本の両脇に置かれたろうそくはくすぶってぞっとする影を洞窟のなかにおとしていました。黒い引き出し、本、薬草の束 金や銀のかたまり、といったものがところかまわずにおいてありました。魔術師は何度も後ろを振り返りました。いびつな銀のうろこにおおわれた年老いた竜が炎の中をはいずりまわっては石炭を飲み込んでしまうのです。魔術師はつかまえて洞窟のすにみに鎖でくくりつけてしまいました。


 「我慢しろ。お宝ができあがるのだから。」しわくちゃ小男の大魔術師は鉄の杓子を竜にむかって振りまわしながら叱りつけました。
「おまえは熱い石炭をくべて、私は銀のキャップ一杯分の薬草を入れる。皇子が約束してくださったのだからね。」
竜はのたのた這いずりまわると、最後にはむくれて煙をだしながら眠ってしまいました。

 狭い洞窟の入り口では、頭を洞窟にすりつけていた三番目の皇子が
「出来上がったか?」
といいました。
「できるだけすみやかに行っております、尊敬すべき皇子さま。しかし、秘薬をもう一晩煮詰めなければなりますまい。明日、あなたさまの天窓から太陽が差し込んだときに、いらしてください。そうすれば準備はすべて整っております。」
とこたえました。

 「例のものを見つけたというのは、たしかなのだろうな。」
竜の煙と鍋の湯気でむせてしまった皇子は、顔をそむけながら念をおしました。

 魔術師は
「たしかでございますとも。」
と答えると、力いっぱい鍋をかきまぜはじめました。

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 かかしは、あいもかわらず宮殿の法廷で仕事に明け暮れていましたが、今日という日はなにやらただならぬ雰囲気を感じていました。皇子たちは互いに首をたてにふりつづけましたし、大老チュウチュウとムグンプ元帥は共にいかなるときも同じ意見でした。

 「何かが起きるね、タッピー。感じるんだ。」
かかしは最後の案件が終るとそうつぶやきました。するとその時大老チュウチュウは立ち上がり、静かにするよう手を挙げました。その場にいた人々は立ち止まり驚いて大老チュウチュウをみました。

 「お知らせしたき議がございます。」大老チュウチュウが重々しい口調でいいました。
「偉大なる皇帝陛下チャンワンウー様が、明日本来のお姿に戻ることになりました。偉大なる魔術師が呪いをとく魔法を見つけたのでもうおいたわしいかかしの姿でいることはありません。オズのかかしも見おさめでございます。明日、本来のすばらしい大老皇帝陛下となるのです。」

 「昔のすばらしい格好だって!」かかしは玉座からずっこけてしまいました。
「タッピー、魔術師を捕まえるのを忘れていたよ。しまった!明日になったら85歳になってしまう。」
しかし宮廷ではこの大老チュウチュウの知らせをきくと喝さいがわきあがり、誰もかかしの悲しみなどには気が付いていませんでした。

 [もう一つ知らせることがある。」
一番上の皇子がいばって立ち上がりました。
「お父上の回復の祝賀会を完璧なものにするために、われわれはここにかわいくて魅力的なオレンジブロッサム姫を父上の花嫁として決めた。」
と告げました。

 「花嫁だって?」かかしは大声をだしました。
「私は結婚を承諾していない。断る。」
といいましたが、だれもかかしの言うことをちっともきいてはいませんでした。

 「タッピー、手を握っていてください。」かかしはよわよわしくいうと、
「これが最後のチャンスかもしれないから。」溜息をつきました。そしてきちんとすわりなおすと、皇子が連れてきた背の高い金持ち風の冷たい女を目をこらしてしっかりみました。

 かかしは
「オレンジブロッサムだって!レモンのひからびた皮といったところだね。銀色のおばあさんだよ、タッピー。」
と小さな声でいいました。オレンジブロッサム姫はすくなくとも75歳はこえていて、姫と申し上げるにはしのびないものでした。

 ムグンプ元帥は
「姫はゴールデン国王の妹です。陛下より金持ちです。お祝をさせてください。」
と小声でいいました。

 かかしは
「あおいでくれ、タッピー!あおいで!」
とようやくいい、それから急いで姿勢を正しました。行動する時がついにきたのです。かかしは家族がいようが、かまわずにその夜誰にもなにもいわずに逃げ出してオズへの帰り道を探すことにしていたのでした。かかしはオレンジブロッサム姫と大老チュウチュウと、息子たちに丁寧に会釈をしました。

「式典の準備をせよ。明日私はもとの私になるであろう。」
と厳粛に繰り返しいいました。

 その日の夕方においてかかしは、目前にせまる結婚式と大魔法使いが呪いを解く方法を発見したこと以外は、なにもふれないことにしました。かかしは宮廷中で一番もの静かな人になりました。玉座に座りシルバー王宮の記事に目をとおすふりをしながら、実のところは宮廷家臣たちが立ち去るのを待っていたのです。ようやく最後の挨拶がおわりハッピー・トコだけが残ると、かかしは計画を立て始めました。

 「そいつは使い物にならないよ、タッピー。」
かかしは絹のハンカチの中にドロシーへのお土産にする小間物をつつみながらいいました。
「私はね麦藁のほうが生身でいるよりもいいのさ。ただのオズのかかしでいる方が皇帝として君臨しているよりいいよ。皇子たちは私の息子にちがいないだろうけど、皆私にいてほしくないと思っているしね。昔の仲間の所へ戻るよ。そのほうが・・・。」
かかしはまだ話し始めたばかりでした。そこへいきなり巨漢があらわれ、かかしを後ろから押さえつけ、次にハッピー・トコを腰で取り押さえてしまいました。

 「早く縛りあげろ!」
という年長の皇子の声がしました。皇子は意地悪く笑っていました。
「こっちだ、この豆の木につないでおけ。これも偉大な魔法に必要なことでね。」かかしは豆の木にしっかり結び付けられ、もがきあばれました。しかし皇子は
「おやすみ、かかし父上。明日になればあなたは再び年寄りに戻り、数年後には私がシルバー島の皇帝になるさ。」
と意地悪くいいました。

 かかしはしばらくもがいたあと
「これで計画が台無しだ、タッピー。」
といいました。

ハッピーは
「豚め!畜生!」
とむせるほどさけびました。そして
「どうしたらいいのでしょう。」
といいました。

 かかしは
「まいった。明日になったらオズのかかしはいなくなってしまうなんて、ドロシーとオズマはどう思うだろう?一度もとの姿にもどってしまったら、エメラルドの都へ旅になどでられなくなってしまうにちがいない。だって86歳で旅なんて無理なことだ。」
とうめきました。

 ハッピーは
「陛下、すばらしい脳みそをオズの魔法使いから授かったことをもうお忘れですか?」
といいました。

 かかしは脳みそのことを思い出し「そうだった、ちょっと待ってくれたまえ。私が考える間、静かにしていてください。」
といいました。かかしは魔法の豆の木に頭を押しつけて考えに考えましたが、今までの冒険人生のなかでもかなり難しいものでした。ハッピー・トコは静まり返った大広間で、なんとかこの身が自由になるようにともがきました。
Chapter XV: The Tree Princess Plot to Undue the Emperor

16章: ドロシーとその騎士たち、新たな仲間に出会う

 いろいろな出来事がかかしを襲っていたころ、ドロシーとホークス卿と臆病ライオンもまた冒険のさなかにいました。三日間はウインキーの国の荒れ地をさまよい、食べ物といってもベリーをついばむ程度で、木の下で眠り、エメラルドの都へ帰る道をひたすら捜し求めていました。二日目には年寄りの木樵りに出会いましたが、耳が遠かったのでドロシーたちの知りたいことは教えてもらえませんでした。しかし木樵りは自分の小屋に三人を招くとおいしい夕食を御馳走し、一ダースのサンドイッチを持たせてくれました。

 三日目の夕方にはそのサンドイッチも食べ終わってしまい、ホークス卿は
「ごちそうさまでした。」
といいながら溜息をつきました。

 ドロシーは前方にばらばらと広がる野原と林をみながら
「あのね、私たちまた間違った方へすすんできてしまったのではないかしらと思うのだけれど。」
といいました。

 これをきいた臆病ライオンは
「またですって!オズではいろいろ素敵なところへ行ったことがあるけれど、今回は最悪です。」
といい、そのあとは言葉にならなくなってしまいました。

 ホークス卿はというと、
「小さい竜すらおらんわい。」
といって悲しそうに首を振りました。しかし、そういったあとにドロシーが疲れてがっかりしたのがわかったので、ギターをかき鳴らす格好をしながら甲高い声で歌を歌い始めました。

さびついちまった騎士一人

ドット令嬢、こちらはなかなか

無敵なライオンの騎士、黄金のたてがみ

強くて心優しい

強くて心優しい

不屈の三人

智恵と勇気をたずさえて、勇敢かかしを探し求める

かかし殿はいづこにおわす

かかし殿はいづこにおわす

 ドロシーは
「まあ、素敵ね。」
といって起き上がると
「あなたは真に頼れる騎士ね。」
といってホークス卿の手をきゅっと握りました。

 臆病ライオンも黄金のたて髪をゆさぶると
「少し偵察をしてきます、ホークス。」と口走っていました。臆病ライオンはホークス卿の歌になんとか応えようと思ったのです。「なにか目印が見つかるかもしれない。」
と臆病ライオンはいいました。

 「もう目印なんて信じないわ。」ドロシーはにこにこしていいました。
「でも、私も一緒にいくわ。」と告げました。ホークス卿の歌は仲間をはげましました。このようにホークス卿は退屈な旅を何度も助けてくれました。

 三人はしばらくのあいだ黙って歩いていましたが、
「なんだか熱気を感じます。ライオン卿はお気づきですか?」
とホークス卿がいいだしました。臆病ライオンは
「そうですね。それに僕はなにかしら飲み込んでしまったよ。」
臆病ライオンは咳をしながら、木々の間を疑わしそうにうかがいました。

「私が先に偵察してきます。」
とホークス卿がいうと、騎士の姿は急に消えてしまいました。ドロシーは見えない何かがあるとすぐさま気づきました。

 「待って、待って頂戴!行ってはだめよ。ホークス卿、戻ってきて、戻って!」
ドロシーはできるかぎり急いでホークス卿の後を追いました。

 「どうかしましたか?」
ドロシーの後を追ってきた臆病ライオンが尋ねてきました。この時二人は一気に森をくぐりぬけていたのですが、やがて二人して大きな悲鳴をあげました。二人の悲鳴にはホークス卿もびっくりし、しりもちをついてしまいました。もしホークス卿がもう一歩すすんでいたなら、あらゆる生き物をほろぼしオズを侵入者から守っている死の砂漠に足を踏みいれていたことでしょう。

 ホークス卿は
 「何が起きたのですか?」
と尋ねると立ち上がりました。ホークス卿は死の砂漠の砂には毒があることを全く知らなかったのですから、それはとても当然のことでした
 臆病ライオンは
「やっ・・ちゃっ・・た・・な。」
ととぎれとぎれに答えました。

 ホークス卿は
「ドラゴンでもいたのですか?」
といってのろのろとうれしそうに二人のもとへやってきました。

 「まずは座って。」臆病ライオンは尻尾でもって眉のあたりをこすると説明をはじめました。
「この砂漠に一歩でもふみこむと、一生のねむりにつくことになるのです。」

 ドロシーも
「そうゆうことよ。」
といって震えました。それから砂の毒についてホークス卿に教えてあげました。

「それでね、これってどういうことかわかるかしら?」
とドロシーは今にも泣きだしそうでした。
「つまりね、私たちったらまったく間違った方向へすすんできたということなの。出発したときよりもエメラルドの都から遠くはなれてしまったということよ。」

 ホークス卿はやさしい青い目を困惑させて
「かかし殿はいづこにおわす。」
とつぶやきました。

 臆病ライオンは
「かかし殿はいづこにおわす。ああ、いづこにおわすなんていわなきゃよかったよ。それに歌う必要はもうないさ。」
とうんざりしていいました。

 ホークス卿は
「そうですね。ヘルメットとかたびらのやつめ。歌わなければよかった。」
というと落胆のあまりすっかりだまってしまいました。

 すると、
「キャラバン隊がいる。」
とかすれ声がしてときこえてきました。つぎに
「まさか、カミーそんなわけないよ。」
とけたたましい声がきこえてきました。三人はびっくり仰天してしまいました。

 「砂漠からのおみちびきだ!」
臆病ライオンはそういうと、突然跳ね起きました。この臆病ライオンの考えはすっかり当たっていて、三人のもとへ長い足のラクダとグラグラと首をうごかすヒトコブラクダがぶらぶら歩いてやってきたのでした。

 ホークス卿は
「ついに、馬に出会ったぞ!」
というやいなや、立ち上がりました。

 ヒトコブラクダは立ち止まるとホークス卿を冷静にじっとみて
「あやしいな。」
といいました。

 もう一匹のラクダは
「私にも見せてよ。」
といったあと
「ああ、よかった。」
と人懐っこそうにいいました。

 疑い深いヒトコブラクダは
「よかっただなんて、あやしいものだね。」
といいかえしてきました。

 これをきいたホークス卿はまた歌いました。

疑い深いヒトコブラクダは悲しみました

砂漠の砂を踏みしめていると

スフィンクスのはからいで

疑い深くなるものさ

 歌い終わったホークス卿は高笑いをすると、そうだろというように首をかしげました。

「どうして知っているの?」
とヒトコブラクダは目を大きく開いてきいてきました。

 ホークス卿は「たまたま思いついたのさ。」
というと控えめに咳ばらいをしました。

 これをきいた疑い深いヒトコブラクダは
「あやしいね。誰かから教わったのさ。」
と苦々しくいいました。

「名誉にかけてそのようなことはありません。」
とホークス卿は対抗しました。

 「あやしい、とてもあやしい。」
とヒトコブラクダは悲観的に頭をふりながら言いはりました。

 ドロシーは
「なんでも疑うのね。」
と思わず笑ってしまったのですが、疑い深いヒトコブラクダはふくれてドロシーをにらみました。

 もう一匹のラクダは
「いつもこうなのさ。ヒトコブラクダはとても疑い深い連中なんだよ。私はね、気持ちのよいことと愉快なことが好きなの。だってね、いつも物事や出会う人や場所を疑っていたら、ちっとも楽しくないじゃない。そう思わない?」といいました。

 臆病ライオンは
「お二人はどちらからきたのですか。この辺りは詳しくないですか。」
とたずねました。

 「ええ、よそからきたんですよ。」
気持ちのよいラクダは木の枝をくわえて答えました。
「ここいらはひどい砂嵐が吹いて吹いて吹き荒れて、私たちはこのちいさな木を見つけてこうしているというわけです。それにしてもかわったところですね。あなたがたがわれわれラクダ語をしゃべるなんて。二本足の方々がラクダ語を理解してらっしゃるなんて知りませんでしたよ。」
といいました。

 ドロシーは 「あなたが話しているのはラクダ語じゃなくて、オズの言葉なのよ。オズでは動物たちはみんな話すことができるの。」
と笑って答えました。

「そりゃいい。っていわなくっちゃね。ところで、どこに行くかもいってもらえるともっと気が楽なんですけれどもね。」
といいました。

 「そりゃ、あやしいね。やつらはキャラバン隊じゃあないもの。」
とヒトコブラクダはいい捨てました。

 臆病ライオンはヒトコブラクダの言葉を無視して
「どこに行きたいんだい?」
とフタコブラクダにたずねました。

「どこへでも。私たちラクダは移動しつづけるのですから。ラクダには出発と止まれの合図をいうことが常識ってものです。それなのにわが身はカルバン・バシ(ご主人さま)がなく、とても寂しいのです。」とラクダは答えました。

 これをきいたドロシーは
「まあ、あなたがカルバン・バシ煙草を吸うなんて知らなかったわ。」
とおどろいていいました。ドロシーは気持ちのよいラクダが煙草の銘柄のことを話したと勘違いしたのです。

 ホークス卿は
「気持ちのよいラクダは主人のことを言ったのですよ。」
と小声で教えてくれましたが、目はラクダの背についているやわらかな腰当てつきの鞍をうらやましそうにみていました。鞍のほかに横には重そうな袋と包みがぶらさがっていました。疑い深いヒトコブラクダも同じように荷をかついでいました。ドロシーは急にある考えがひらめきました。

 「ああ神様!」
というと
「ラクダさんたち、荷物の中身を食べてしまっってないわよね。」
とききました。

 気持ちのよいラクダは
「たっぷりあります。本当にたっぷりとね。」
とこたえました。

 臆病ライオンは
「われわれ三人、気持ちのよいラクダにばんざーい!」
といい、ホークス卿はラクダにいわれたとおりに注意しながらかごで編んである大きな荷をほどきました。


 ホークス卿が一息ついたときに、
「あなたが私のカルバン・バシかもしれない。」
と気持ちのよいラクダは賢明にもいいました。

 ホークス卿は
「ドットお嬢様こちらへどうぞ。」
というと、気持ちのよいラクダをなでましたが、その顔はたいへん喜びに満ちていました。その間にドロシーは、小さな岩の上においしい食べ物をならべました。三人の腹ぺこ旅人の前にたちまち御馳走があらわれました。黒パンひとかたまり、イチジク、ナツメヤシ、チーズ、それから臆病ライオンが一口で食べてしまった少し変わった干し肉といった具合です。

 ドロシーは前方にひろがる憂うつな道のりのことなど忘れ、
「気分はいかがかしら。私はあなた達にであえてとてもうれしいのだけど。」
とたずねました。

 気持ちのよいラクダは
「私たちも気分はいいです。そうじゃないかい?ダウティー?」
と満足そうに体をゆらしました。

 疑い深いラクダは
「私のこしかけの右側の袋にシルクのクッションがありますよ。まあ、あなたが好きかどうかは疑わしいけどね。」
とぶっきらぼうにいいました。

 ホークス卿は
「そいつはいい!」
と疑い深いラクダにとびかかりながらいいまいた。一分後にはみんながクッションにもたれ居心地よくなっていました。

 ホークス卿は
「こんな幸運があるなんて。これでわれわれはもとのようにちゃんと旅を続けられますね。」
と大喜びしました。

 ドロシーはラクダの背にある座席は高くて落ち着かないと思ったので
「私は臆病ライオンに乗ります。これ以上暗くなる前に出発しましょう。」
といいました。

 一行は心まで満たされていました。御馳走の残りを荷造りするとすっかり出発の準備が出来上がりました。

 ホークス卿は臆病ライオンを脚立のかわりにして気持ちのよいラクダの背にまたがりました。ドロシーは臆病ライオンに乗りました。こうして一行は森の中へとゆっくり進んでいきました。

 気持ちのよいラクダの後ろについてきた疑い深いヒトコブラクダは
「私の左側の袋にテントがあります。もっともあなた方が組み立てられるかどうかは、はなはだ疑わしい。まったくもって疑わしい。」
といいました。

 ホークス卿はぐらつく座席から
「どうやって組み立てるか疑わしいかい?その時が来たらなんとでもするさ。」
と声をかけました。

 臆病ライオンはちょっとしたジョークのつもりで
「ラクダがすすみだしたら、投げ出さないように気をつけてください。」
といいました。ですけれどもホークス卿は本当のところめまいを感じていて、テントどころか自分が投げ出されそうでした。しかしとても礼儀正しい人なので、本当のことは言わないで黙っていました。こうして一行が旅をすすめるなか、ドロシーは気持ちのよいラクダにかかしとオズの国についての話をしました。

ときおり上の方から言葉が聞こえてきました。ホークス卿がふたたび歌を歌っているのだということがドロシーにはわかりました。

  おそらく1マイルほど進んだでしょうか、ドロシーは道の前方を興奮して指さしました。

「以前は見落としたにちがいないわ。ちょっとまっていてね、どうなっているか見てくるわ。」
というと臆病ライオンの背から飛び降りて 細い並木道を不思議そうにじっとみました。そして
「まあ、ここに立て札があるじゃない。」
といいまいた。

 気持ちのよいラクダは
「なんの立て札ですか?」
といって前にのめったので、ホークス卿はもうすこしで落っこちてしまうところでした。


「『お望みの道』」


とドロシーは当惑した様子で読みあげました。

 気持ちのよいラクダは
「それはよさそうな道ですね。」
と目を細めましたが、疑い深いヒトコブラクダは
「あやしいよ、カミー。とてもあやしい。」
と不安そうにいいました。

 気持ちのよいラクダはホークス卿の方へうやうやしく振り返ると
「ご主人さまはどう思いますか?」
とたづねました。

 ホークス卿は
「目の前に冒険があるというのに引き返すなどおろかなこと。」
といってすぐに歌い始めました。一行は一列になり、気持ちのよいラクダは気弱な足取りで、疑い深いラクダはあやしそうに頭をふりふり、その小道にはいって行きました。

Chapter XVI: Dorthy and Her Gaurdians Meet New Friends

17章: ダウティとカミー、消えうせる

 しばらくは全てが順調に運んでいました。ドロシーがホークス卿がついてきているかどうか振り返ってみると、疑い深いヒトコブラクダがいませんでした。

 「まあ、どこへ行っちゃったのかしら?」
とドロシーはいいました。

 気持ちのよいラクダはゆらゆらする首をのばしてみました。そして友達がいないことがわかると、わっと泣き出しました。ラクダがあまりにも泣くのでホークス卿は座席から落っこち、ヘルメットもろとも地面にぶつかってしまいました。

 ホークス卿は起き上がると思わず
「こっちへこい!」
とラクダに乱暴にいっていました。そして
「やれやれ、私が鳥だったらよかったのに。そうしたら簡単に飛び乗れたさ。」
としゃがれ声でいったのが最後、ホークス卿の姿はたちどころに消えてしまいました。そして大きなカラスが道の真ん中に舞いおりたのでした。

 気持ちのよいラクダは
「ご主人さまどこですか?ダウティもどこ?こんな道二度とご免だよ。」
と大声でいい、あたりを狂ったようにぐるぐるとまわっていたのですが、突然ドロシーの目の前から消えてしまいました。

 ドロシーは臆病ライオンのたてがみをぐっと握りしめると
「これは魔法だわ!」
といいました。

 するとドロシーの耳元でかすかに
「ありえないよ。そんなことあるわけないよ。」
という声がしました。ドロシーは大きな黄色い蝶が臆病ライオンの耳にとまったので思わず首をすくめました。

 「われわれの疑い深き友だ。」臆病ライオンは弱々しく言いました。
「ドロシーさん、どうか気をつけてください。たちどころにカエルとかなにか変なものに変わってしまうかもしれない。」

 ドロシーと臆病ライオンは魔法というもに出会ったことがありました。ドロシーは目を手でふさぐとと、どうしたらよいかを必死に考えようとしました。カラスは
「今すぐこっちへこい。」
とラクダにわめきながら、必死に飛びあがろうとしていました。

 ドロシーは魔法の呪文を思い出そうとしたのですが、ちっとも思い出せず、しまいには
「ホークス卿がもとの姿に戻ってくれればいいのに。」
といって泣きだしてしまいました。するとどうしたことでしょう!目の前にホークス卿が現れました。今まで飛びあがろうとしていたせいですこし息をきらしていましたが、以前と変わらないホークス卿でした。

 臆病ライオンはぴょんと跳ねあがると
「そうか、わかったぞ!この道では望んだことはすべてかなってしまうにちがいない。ほら、立て札には『お望みの道』とあったじゃないですか。」
といいました。そしてすばやく
「気持ちのよいラクダがもどってきますように。疑い深いラクダがもとの姿にもどりますように。」
ととなえました。するとまたたくまに二匹のラクダが道の上に姿をみせました。

 「なんということだ!それでは私は鳥になりたいと望んだということなのか。」
と興奮して手の甲冑をさすりながらいいました。

 気持ちのよいラクダは
「よかった、よかった。ああ、カルワン・バシ様、ダウティ、みんな、よかった。みんながそろって快適だよ。」
というとひょこひょこホークス卿に歩み寄り、頭をホークス卿の肩になでつけました。

 疑い深いラクダは
「あのね、カミー。私はたまたま一度お祈りをしたよ。けれども私が飛び回るものを好きだなんてありえないね。」
と憤慨していいました。

 臆病ライオンは
「おいおい、これ以上望みをいうのはやめよう。」
と厳しくいいました。ホークス卿はあたりをそわそわしながら歩いていたのですが、口をひらきました。
「思うに、必要なお願いをすれば、これまたかなうということではないのかな。ならばなぜ願いごとをしないのですか?」
といいました。

 ドロシーは
「ああ、ちょっと待ってくださらない。すべてをよく考えなくてはならないわ。お願いを魔法でするということはとても難しいことなのよ。」
とドロシーはいいました。

 臆病ライオンは
「僕は一人のひとが代表して望みをいったほうがいいと思う。」
といいかけると、またもやドロシーが
「気をつけてちょうだい。みんながこうしたい、ああしたい、ああすれば、こうすれば、っていうのやめてほしいわ。」
と叫びました。ホークス卿は非難がましくドロシーを見るだけでした。不思議もありません。というのはドロシーの言葉どおりに、仲間たちは口がきけなくなってしまったからです。疑い深いラクダの眼はだんだん丸くなってきました。何も疑うことができないなんて、疑い深いラクダにとっては初めてのことだったのです。

「さあ、これで私が全部やらなきゃならないわね。」
とドロシーいうと、目を閉じ、仲間たちにとって一番良い望みを考えようとしたのでした。あたりはすでに夜で、ますます暗くなっていきます。しかし望んだことはかなってしまうのですから、臆病ライオンも気持ちのよいラクダのカミーも疑い深いヒトコブラクダのダウティもホークス卿もいったいこれから何が起きるのかと、少女を心配そうに見つめました。ドロシーは五分間とても真剣に考えると、ようやく道の中央に立ちました。 ドロシーには自分の望みがわかっていましたから、それをはっきりと声に出しました。長い望みではありません。厳密にいえば8個の言葉でいうことができました。たった8個の言葉ですが、とても輝いている言葉です。そしてドロシーの口からこの8つの言葉がとびだすやいなや、大地が割れて一行を飲み込んでしまいました。

Chapter XVII: Doubty and Camy Vanish into Space

18章: ついにかかしをさがしあてる

 ドロシーが願いをとなえたあとどうなったかというと、とても暗い広間の固い床の上に座り込んでいるというものでした。たったひとつのランタンだけが弱々しく灯っていていました。薄暗い銀の光の中でドロシーには気持ちのよいラクダがぎこちなさそうに這いまわっているということがわかりました。

 カミーはクンクン鼻をならして
「麦の臭いがしますね。」
といいました。

「こんなところへ来ちゃうなんて、ほんと怪しい。」
ダウティーの声は憂鬱をとおりこしてイライラしていました。

ホークス卿は息を切らしていて
「剣と笏(しゃく)がある。そちらにいるのはライオン卿ですね。」
といいました。

 ドロシーは
「神様ありがとうございます。」
といいました。他人の願いも唱えるというのはとても危険で責任のあることでしたから、みんながそろっているのがわかってほっとしたのです。
「ところで、ここどこかしら?」
ドロシーは飛び跳ねてみましたが、足がもつれただけでした。

 すると
「豚野郎!いたち野郎!」
と怒った声がきこえてきました。ホークス卿はたまたまここに一番にたどり着いたので、そのホークス卿めがけて、小太りの男が猛然とぶつかってきたのです。

 ホークス卿は
「なんたることだ。あばれるわ、殴るわ、それでもって汝の頭は石頭ときている!」
と唸ると、ハエを追い払うかのように小男を振り落としました。

 すると
「タッピー、タッピー。クッションをどうぞ。」
と別の声がしてきました。この声を聞いたドロシーはなつかしやら恋しいやらで、心臓は踊り出しみんなに説明もしないで前へ飛び出していきました。

   「ドロシーさんじゃないですか。」
かかしは大きな声をあげると、着物の裾をふんづけ銀の玉座からころげおちました。
「明かりを持ってきて、タッピー。もっとたくさんの明かりをすぐにね。」
といいました。ところが、タッピーはポーク国のホークス卿からのがれるのに必死でした。

 「こっちこい!そこの家来め!」
タッピーの言葉が分からないホークス卿は怒鳴り声をあげていました。
「かかってこい!侮辱しただろ!」
ホークス卿は闇の中で剣を振り上げ怒った顔でにらみました。タッピーはできるかぎり離れていたのですが、銀の噴水の中に頭からどっぷりとはまり、大きな水しぶきがとびちりました。ドロシーはあわてて助けにむかいました。

 「この人達は仲間よ!ついに、かかしさんを見つけたわ!ねえ、見つけたのよ!」
ドロシーはホークス卿をしっかりつかみ、鎧ががちゃがちゃなるほどゆらしました。

 かかしも
「タッピー、タッピーってば。こんなところで、水の塔になってる場合じゃないよ。」
ともっともらしいことをいいましたが、ドロシーにはかかしの言葉がわかりませんでした。

 「どうしたのかしら。あの人はかかしさんなのに、私ったらかかしさんの言っていることがさっぱりわからないわ。」
といってうろたえました。

 「彼はね、ターキー語をしゃべっているにちがいないね。もしくはドンキーだな。私はドンキーを知っているよ。心地悪い仲間と一緒だったときに‥‥」
気持ちの良いラクダがそうといいかけたところで
「ドンキーなんて疑わしいね。」
と疑い深いラクダがいいはじめました。でもこのとき誰も二頭のラクダのことを気にしている人はいませんでした。というのも噴水から這い上がってきたハッピー・トコがランタン15個に明かりを灯したからです。

 ランタンの明かりで絢爛豪華でまばゆい銀の玉座の間が浮かび上がりました。ドロシーは
「まあ、ここはいったいどこかしら。」
とつぶやきました。

 かかしはゆっくりと立ち上がると、腕を大きく広げ、なにやらとにかくいろいろなことをたくさんのシルバー国の言葉でいいながらドロシーのもとに走ってきました。

 臆病ライオンはドロシーがかかしに抱きつくと、
「そんなにすぐにオズの言葉を忘れてしまったというのかい?」
とうらめしそうにいいました。そういわれてはじめてかかしは臆病ライオンをみました。それから首をすくめると、不器用な手で額をぬぐいました。

 「オズの言葉を話していないだって?」
と当惑した声で聞き返しました。これをきいたドロシーは
「ああ、もとどおりだわ。」
といいました。かかしはもうちゃんとオズの言葉を話すようになっていました。

 ホークス卿はこの再会をいたく感動してずっと見ていました。そしてさっと進み出ると、片膝をつきました。

「私の剣と槍はいつでもあなたさまにお仕えしますとも!かかし公殿!」
と感激していいました。

 かかしはこのとんでもない人はだれなのかという言葉をこらえて、ポーク国のホークス卿その人がひざまずく姿に驚きを隠しきれずじっと見ていました。

 ドロシーは
「こちらは、騎士道を探究してらっしゃる方よ。私、たいへんお世話になったの。」
とドロシーは一生懸命に説明しました。

 臆病ライオンもかかしの手書きの耳に向かって
「たいした方です。ホークス卿の話をきけばわかりますよ。」
と耳打ちしました。

 かかしは
「ドロシーさんの友達ならもちろん私の友達です。」
といってホークス卿にあたたかく手を差しだしました。それから
「ところでみんながここにどうやってたどり着いたか知りたいのです。」
とたずねました。

 しかし、ドロシーは、
「それよりも、ここがどこだか教えてちょうだい。」
とお願いしました。かかしの銀の帽子と三つ編みが気がかりだったのです。

 かかしはゆっくりとした口調で
「あなた方はシルバー島にいるのですよ。」
といいました。
「私はここの皇帝で、というか皇帝のくだらない精神というかやつで、とにかく明日には‥‥。」
といってまわりをぎろりとにらむと、
「明日には85歳だか86歳だか年寄りになってしまうのさ。」
とかろうじて泣わめくの押さえていいました。

 これを聞いていた疑いぶかいラクダは
「そんなこと、ありえないよ。」
と眠たそうにゆっくりといいました。

 ドロシーは
「85歳ですって!オズでは誰も歳をとらないのに、どうしてなの。」
と動揺していいました。

 かかしは悲しそう首を振ると
「ここはね、もうオズではないんだよ。」
といって、説明しました。それから困惑したおももちの仲間たちをそのままに
「ところで、どうやってここにたどり着いたのですか?」
とたずねました。

 ホークス卿は
「望むことによって。」
とうつろな声でいいました。

 ドロシーはあとをついで、
「そうなのよ。私たち、あなたを追い求めてオズ中をさまよったのよ。それでとうとう『お望みの道』ってところに出くわして、それで私、『私の・望みは・ここにいる・仲間たちと・一緒に・無事・かかしさんに・会いに行くこと』って唱えたの。そうしたら次の瞬間はね‥‥。」
と話しました。

 ここまではなすと次は気持ちのよいラクダがあとを引き継いで、
「落ちて、落ちて、落ちて、落ちて。」
次に疑い深いラクダが
「でもって落ちて、落ちて、落ちて、落ちて。それから・・」
といいはじめました。

 かかしは疑い深いヒトコブラクダの話は終わりそうにもないので、
「それで、ここにいるってわけだね。」
といって話しを止めました。

 そこでドロシーはまってましたとばかりに、
「今度は、かかしさんの身にふりかかったことをひとつもあまさずぜんぶ話してちょうだい。」
といいました。

 ハッピー・トコはドロシーや臆病ライオンがかかしのいっていたオズの仲間だと分かりましたから、クッションを山ほどかかえて持って来てくれました。ハッピーはクッションを床の上に丸く並べ、そのまんなかにかかしのためのクッションをおきました。それから、指を唇にあてて静かにするようにとうながしながら、かかしのうしろへ座りました。かかしは
「タッピーのいうとおりだ。できる限り静かにしなくてはね。たいへんな危険が私にせまってきているのだよ。」
といい、みんなが落ち着くと、豆の木をたどってものすごい落下をしてきたこと、シルバー島での冒険のこと、息子と孫のこと、魔術師の薬により元気いっぱいのかかしは年寄りの皇帝にもどされてしまうことを話しました。そして一番上の息子はかかしを豆の木に縛り付け、それから無残にもハッピー・トコをもくくりつけてしまったということでした。 ハッピーはなんとか自力で縄をふりほどき、かかしとともにうまいこと逃げだそうとしていたところへドロシーたちの一行が落ちてきたというわけでした。気持ちのよいラクダと疑い深いラクダは最初は丁寧に話をきいていましたが、あまりにもドキドキする冒険の話しに疲れてしまい、話しの途中でねむりこんでしまいました。

 ドロシーが一にも二にもなくうろたえたことは、彼女が見つけたオズの愉快なかかしは、実は本物のシルバー王国の皇帝チャン・ワン・ウーそのひとであったということでした。ドロシーは
「なんということでしょう!」
といって泣きました。(かかしのいないオズを考えるなんてできませんものね。)
「なんということでしょう!私たち本当の家族になろうとしていたのに、そうでしょ。」
とドロシーがいうと、臆病ライオンもうなづきました。そして声をつまらせながら
「僕はいとこになるはずだったさ。でも君にはもう家族がいるし」
というとドロシーの脇へこっそりとかくれこみました。ホークス卿は険悪な表情で剣をガチャガチャと鳴らしましたが、三人をこの災難から救い出す方法をこれといって思いつくことはできませんでした。

 ドロシーは
「明日になったら、もうオズのかかしさんではなくなるなんて、いったい、どうしたらいいの。」
というと心もはりさけんばかりに泣き叫びました。かかしは
「泣かないでください。」
といいました。ホークス卿はドロシーの背中をぎこちなくたたいて慰めました。
「私はドロシーさんが家族だったらどんなに良かったことか。皇帝じゃなかったら金科条なんて気にしないのに。それに息子ときたら、私がみじめになるように年寄り扱いして、わざと意地悪をするんだ。」
ドロシーは
「なんだかまるで昔読んだ詩の一節みたいね。」
というとにっこりしました。

 『もう歳をとったね、ウイリアム父さん』と若者がいいました。

 『髪も白髪になってきた。それなのにまだまだ親分だ。歳から言ってどうなんだい?』

 ドロシーが詩の一節をうたい終わると、かかしは
「そうなんです。まったく同じですよ。」
といいました。それから悲しそうな声で
「『あなたは老いてしまわれた、かかし父さん!』 とばっかりいわれているのです。私も陣頭に立っていますしね。それにね、ドロシーさん、私は”おじいさん”になかなか慣れないのです。」
といいました。そして胸から藁を数本取り出すと
「私の藁も灰色に変わってしまったんです。」
といってドロシーに見せました。それからかかしは
「どうしてオズの国があることを信じないのだろう?『地図にのってません、おおおじい様。』なんていうのです。」
といって孫の口調を実に上手に真似たものですから、ドロシーは思わず笑いだしてしまいました。

 かかしは両手を広げて
「これは私の自慢の種になるね。」
といいました。そして
「自分の家柄を探し求めているおおかたの人は転落してしまう。私もそうだったけれどもね。」
ともいいました。ホークス卿は
「ところで、あなたは何者でありたいのですか?オズのかかしか、それとも、もとの皇帝陛下か?」
とおごそかに尋ねました。かかしは
「私がもとにもどりたいわけがないよ。このままでいたいんだ。このままの私でいたい。」
と興奮しすぎてしどろもどろで答えました。臆病ライオンは
「それってどっちのことかな。」
といいました。臆病ライオンにはまだ少しわからなかったのです。かかしは
「なにをいっているのさ。かかしが最高にきまっているじゃないか。」
とにっこりわらっていいました。ドロシーと臆病ライオンに会えたことでかかしはすっかり元気になったのです。
「シルバー島にきてみてよくわかったことがあります。皇帝でいるよりかかしでいることのほうがいいってことさ。」
とかかしがいうとドロシーはほっとして
「まぁ、単純ね!そもそもムシノスケ教授がみんな悪いのよ。昔がどうのこうのではなくて、自分はどうありたいのか。あなた自身の人生はそこからはじまるわ。」
といいました。ホークス卿はぽんと軽く膝をうつと
「まさに、『メイドの言うことは正しい』ですな。」
といい、つづけて
「残るは魔術師があなたを元に戻そうとしていることですね。魔術師は放り出してしまいましょう。ところであなたの忠実なる僕(しもべ)はなんといっているのですかな?」とたづねました。

 ハッピー・トコはオズ語が分からなかったのですが、話し合いの様子をとても興味深く見守っていました。そして時折かかしの注意を引こうとしましたが、かかしは気がついておらず、ホークス卿だけはこれに気づいたのでした。かかしは
「タッピー、どうかしましたか?」
とシルバー国の言葉で尋ねました。ハッピーは
「尊敬すべき陛下、夜明けが近づいています。そして、そろそろ皇子と大魔術師とそれから花嫁がきます。」
とためらいながらいいました。かかしは身震いしました。

 「オズへ戻ろう。」
臆病ライオンは不安そうにいいました。

 かかしはマンチキンの服のポケットをさぐりました。マンチキンの服はいつも王衣の下に着ていたのです。
かかしは「ここにあった!」というとハッピー・トコに小さな錠剤をわたしました。
「あれはムシノスケ教授の発明した言葉の錠剤なんだ。」
とドロシーにいいました。
「これでオズの言葉がわかるし話せるようになる。」
ハッピーはゴクリと錠剤を飲みほしました。

 かかしは錠剤がお腹の中に届いたあたりで
「ようこそ。これで君もりっぱなオズの人だね。」
と丁寧にいいました。ドロシーもハッピーがオズ語を話せるようになってほっとし、うれしくて拍手をしました。

 かかしは
「タッピー・オコがいてくれなかったら、きっと耐えられなかったと思うよ。」
といってやさしく皇帝付冗談係を見ました。

 「変わった名前だね。」臆病ライオンはまるでハッピーを食べたいと思っていたかのようにゴロゴロ喉をならしていいました。

 ホークス卿は
「その行いはナイトに値する。」と重々しい声でいうと、このちいさなシルバー国人にほほえみました。
「立ちたまえ、プリン卿。」

 そういわれたハッピー・トコは
「太陽があと一分もすれば昇ります。そうしたら‥‥そうしたら私たちみんな牢獄にいれられてしまう。」
とうと悲しくて泣き出してしました。

「小さなボートで逃げようと思っていたんだよ。でも‥‥」
とかかしは説明しかけましたが、最後までいうことができませんでした。ドロシー、臆病ライオン、かかし、ハッピー・トコ、カミーとダウティのラクダ二頭を乗せる大きさの船は、どうしても秘密裏に乗り出すなんてことは無理というものでしょう。

 「まあ、どうしましょう。私ったら、かかしさんとみんなでエメラルドの都に帰れますようにとお願いすればよかったのに。」
ドロシーはため息をつきました。

 これを聞いたホークス卿は
「ドット嬢、後悔なさることはない。私が願むつもりだったことを考えると、ドット嬢の願いはとてもよいものですよ。」
といいました。

 臆病ライオンは
「なんて望むつもりだったのですか。」
とききました。

 ホークス卿ははずかしそうに
「ドラゴンを。」
としどろもどろで答えました。ドロシーは
「ドラゴンですって?ドラゴンって、私たちのためになったかしら?」
とあきれていいました。

   「ちょっと失礼。」
かかしは話に割り込むと
「考えたのだけれど、どうして家系図の木を昇らないのかな。そりゃあ長い道のりだよ。でも上はオズの国でしょ。」
といいました。

 ホークス卿は豆の木をじっとみながら
「なかなか大胆で素敵な計画ですね。」
といいました。

 ハッピー・トコはぴょこんと飛び跳ねて気をとりなおすと
「今度は立身出世というわけにはいかないでしょうけどね。」
といってクスクスと笑いました。このとき臆病ライオンは何も言いませんでした。とてもおおきなため息をついたのですが、みんなは豆の木に走り寄っていったので誰にも聞こえませんでした。豆の木には小さなくぼみがついていて、登るにはちょうどもってこいになっていました。

 ホークス卿は
「お先にどうぞ。」
といってドロシーに手をかしました。ドロシーが二三歩進むと、かかしが着ているものをたくしあげてつづき、その次にハッピー・トコが続きました。

 ホークス卿は勇ましく
「私が最後に行くとしよう。」
といい、片足をくぼみにかけたちょうどその時、広間にかすれた悲鳴が響きました。

Chapter XVIII: Dorthy Finds the Scarecrow!

19章: シルバー国脱出計画

 悲鳴の主はカミーでした。突然目覚めたら、自分が見捨てられていいたのですから、それはもう悲しそうな声で
「ご主人さまはどこですか?戻ってきてください。」と騒ぎたてたのでした。

 臆病ライオンは
「静かにできるね。ドロシーさんやみんながわれわれのせいで牢獄に入れられてしまってもいいのかい?われわれは豆の木を登ることはできないから、ここでじっと見て待ってなくてはね。」
と低い声でいいました。

 カミーはべそをかきながら
「でもね、いやだよ。」
といっていっそう泣きじゃくりました。豆の木の一番上にいたドロシーはことの始終を全部きき後悔しました。そして
「私は臆病ライオンさんのように考えることはできないわ。臆病ライオンさんを置き去りになんて、とてもできない。」
といいだしました。

 ホークス卿も
「あなたもかのメイドのようなことをおっしゃいますな。そしてこの善良な獣も私たちにそれを思い出させまいとしておりました。ドロシーさん、 あなたのしようとしていることは、とても勇気ある行動です。」

 「早速降りるとしよう。私も臆病ライオン抜きでは一歩足りとも進むことはありません。」
ホークス卿はいいました。このようなやりとりの最中、かかしはバランスを崩してしまいました。ホークス卿のヘルメットをかすり、まっさかさまに墜落しました。他の人たちもすぐにかかしにつづいて、豆の木の根元にすぐに集まりました。

「べつの方法を考えなくてはならないな。」
とかかしはいうと、びくびくして空を見上げました。長窓からみえる空からは夜が明けようとしていました。お気楽ラクダのカミーはなんとか泣くのを抑え、できるだけホークス卿によりそいました。疑い深いヒトコブラクダのダウティはまだ眠っていました。

 「登ったとしたら、大変だったろうね。」
かかしは恐ろしく長い時間をかけて豆の木を落下してきたことを思い出していました。それから
「そうだ、この方法があったよ。」
といいだしました。

 「どういうこと?」
ドロシーは心配そうにききました。

 かかしは
「今まで思いつかなかったなんてね。やれやれ、私の脳みそもちょっとは働くようになってきた。退位することにしよう。」
と意気揚々といいました。
「私は退位して、お別れの演説をして、そしてみんなとオズに戻るとするよ。」
といいました。

 ハッピー・トコは
「陛下が去ることを反対されたらどういたしましょう。魔術師が陛下の演説が終わる前に魔法を使ったどういたしましょう。」
といってふるえだしました。

 「そうしたら、大いそぎで立ち去るのさ。」
ホークス卿は剣をやたらめったらふりまわしていいました。

 臆病ライオンも
「私も加勢いたします。でもね、先ほどのように私のために戻ってくることはありませんからね。」
といいました。

「それじゃ、そういうことで。」
とかかしは明るくいうと
「全てが解決したのだから、立ち去るまでの残りの時間は存分に楽しむとしよう。タッピー明かりを消しておくれ。ドロシーさんと私は玉座に座るとしよう。残りの人はできるだけ近くにいてください。」
と指示しました。

  ホークス卿は疑い深いヒトコブラクダを起こすと、広間を横切ってかかしのそばに引っ張っていきました。ダウティはその場につくとまたすぐに眠ってしまいました。気持ちのよいラクダは花瓶の花を食べながらぶらぶら歩いてきました。臆病ライオンはドロシーの足元に陣取りました。そしてホークス卿とハッピー・トコは玉座の階段の一段目に座りこみました。

 それから、朝がやってくるまでの間、ドロシーはかかしにポーク国やフィクスの都のことをはなし、かかしはドロシーにいま一度ゴールデン王国との戦いに勝利した話をきかせました。

 ドロシーは話を聞き終わると
「どこに魔法の扇子はあるの?」
とききました。

かかしはにっこり笑って、ポケットの奥深くから小さな扇子と、それから同じく豆の木からもぎとった傘をとりだしました。
「ご存じのように、いろいろ騒動があって、扇子のことも傘のこともあの戦い以来考えることはありませんでした。これはねドロシーさん、あなたのためにとっておいたのです。」
と笑っていいました。

 ドロシーはうれしそうに
「まあ、わたしに!」ドロシーは歓声をあげました。
「見せてちょうだいな。」
かかしはそっとドロシーに手渡しましたが、ハッピー・トコはものすごく怯えていて、かかしは玉座の階段を踏みはずしてしまったほどです。

「お願いだから、お願いだからこの扇子を開かないでください。」
とタッピーは恐ろしさの余り、足を交差させ、両手を上げて降参の格好をしました。

 それを見たかかしは
「ドロシーさんは魔法に慣れているから心配しなくても大丈夫さ。」
とこともなげにいいました。

 ドロシーも
「大丈夫ですよ。」
と余裕のおももちをみせました。
「それにしても、この魔法の力は便利ね。もしオズを征服せしめんとするやからがきたら、この扇子でふき飛ばせるもの。」
といいました。

 そして臆病ライオンのたてがみから毛を抜き取ると扇子にからめてしっかりと留め、洋服のポケットに注意深くしまいこみました。それから傘はリボンをつけて腕にひっかけました。

 それからみんながしばらく静かに座っているとドロシーは
「たぶんオズマは魔法の絵を見て、私たちがみんなが戻ってきますようにと願うわ。」
と言いました。

すると
「そいつはあやしいね。」
と疑い深いヒトコブラクダが寝言をいいました。

 これをきいたホークス卿は
「変わったやつだな。疑っていたらけしてどこへも至ることはできまいに。」
とぶっきらぼうにいいました。

するとかかしが
「しー。足音がきこえてきましたよ。」
といいました。

 ホークス卿はカミーに
「こちらへおいで。」
と声をかけました。カミーは部屋の隅にある紙のランタンを食べていましたが、みんながいる玉座のほうへぎこちなく走ってくると、ゴクリと紙のランタンを飲み込んで、ヒトコブラクダの隣に身を伏せました。

「これから何が起ころうと、われわれは結束しなければならない。」
ホークス卿はきっぱりといいきったあとで、「おーっ!」と声をあげました。

 ドロシーはすばやくかかしを握り、もう一方の手で玉座をにぎりしめました。太陽はついにのぼり、太鼓とラッパの音が響きわたり、足音が近付き、ドロシーの今までの全ての冒険の中でまさに一番派手で豪華な一隊が行進して広間の中へ入ってきました。

Chapter XIX: Planning to Fly from Silver Island

20章: ドロシー、式典を台無しにする

 目の前の光景に気持ちのよいラクダは身を乗り出して
「キャラバン隊だ。なんて格好いいのだろう。」
といいました。疑い深いラクダはパッと目を開くと
「あやしいものだ。」
といい、それから眠そうに豪華絢爛なシルバー国の行列をながめました。

 最初に登場したのは鼓笛隊で、銀の太鼓と銀の笛を鳴らしていました。これにつづいてやってきたのは、輝く絹の衣服で正装した大老チュウチュウとムグンプ元帥でした。その次はぎらぎらする宝石の鎖と勲章をつけた三人の皇子、その後ろにはサテンの着物をひらひらさせてまるで銀の蝶々みたいにみえる15人の孫達とつづきました。そしてベールでおおわれたオレンジブロッサム姫の輿が立派な宮廷家臣をつき従わせてつづき、さらにその後ろにはいつものシルバー島の民がやってきて広間は埋め尽くされました。しばしの沈黙ののち、集まった人々はかかしの勅令に反してお辞儀をしました。

 ドロシーは感動のあまり
「うわぁ。」
と思わず声がでました。
「かかしさん、本当にここにあるものすべてを投げ出してしまいたいの?」
とききました。大老チュウチュウは
「偉大なる皇帝陛下、太陽のごとくうるわしく、星のごとく賢く、雲のごとく輝くお方。復活の儀式が始まろうとしております。」
と震えた声でいい、ゆっくりと頭をもちあげました。するとだしぬけに玉座の周りに変わった人々がいたものですから、動作が止まってしまいました。一番上の皇子は
「裏切り者がいる。われわれはかかし父上を豆の木にきつく縛りつけておいたのだ。老いぼれかかし父上には見張りが必要だな。それに父上のまわりに集まっているへんなものは何だ?いたわしいね。」
と怒りながら他の皇子にいいました。

 どんな魔法が働いていたのかはわかりませんが、オズから来た人々は、何と言われているかがわかってしまいました。ドロシーは自分達が人間扱いされていないことを聞き、皇子達と愚かでちいさな孫たちの悪賢そうな顔をみて、かかしがこの国を出ていこうとしていることは当前だとすぐにわかりました。

 かかしは静かにお辞儀をすると、
「最初に、オズから来た客人と友人を紹介させてもらいた。」
とほがらかにいいました。シルバー島の民はかかしのことを本当に好きでしたから、かかしがドロシーやほかの人の名前をいう度に丁寧にお辞儀をしました。しかし、三人の皇子たちはにらんで、虫が好かないといった様子でなにやらヒソヒソと囁き合いました。


 ホークス卿は臆病ライオンにむかって、
「私は腹立たしくなってきました。」
とつげました。

 一番上の皇子はかかしの話しが終わらないうちに
「儀式をすすめろ!陛下の本当の姿にただちにお戻ししろ。大魔術師よ、はじめよ。」
と荒々しくいいました。

 これを聞いたかかしはおごそかな声で、
「すこしまちなさい。私にはまだほかに言わなくてはならないことがあります。」
といいました。するとシルバー島民は拍手喝采をして次の言葉を待ったのでドロシーはちょっぴりほっとしました。おそらくシルバー島民はかかしの話をきけば、何事もなく見送ってくれることでしょう。もしそうじゃなかったとしたら、どうやってここをぬけだしていいのか、ドロシーには見当がつきませんでした。

 かかしは朗らかな声で話し始めました。
「親愛なるわがシルバー国の民よ、私はかつてこの素敵な島に戻れたことほど素晴らしいことはなかった。しかし、あなたがたから離れていた歳月のなかで、私はとてもとても変わってしまった。そしてもうこのまま皇帝を務めてはいられないことに気づいた。あなた方の寛大なる許しを得て、このままの姿で、今ここに皇帝は長男に譲り、私はオズの仲間とともにオズに戻ることとします。オズこそが私のいる場所なのです。」

 かかしの演説が終わるとあたりはしんと静まりかえりました。そして大混乱が起きました。

 「いかないで、いかないでください。あなたはとても良い皇帝でしたもの、いかないでください。」
「あなたは私たちの尊敬すべき父です。皇子が皇帝になったら、このままではなく、まちがいなく昔に戻ってしまいます。それは嫌なのです。」
と人々はいいました。

 これこそがハッピー・トコが怖れていたことでした。

 大老チュウチュウは
「これは皇帝ではなく、かかしが話していることにすぎない。かかしは何をいっているかちっとも分かっていない。しかし、もとの姿に戻ったら、おわかりになるでしょう。」
と金切り声でずるがしこいことを言いました。

 宮廷家臣達はこれを聞いて落ち着き、
「儀式をすすめろ!魔術師の出番だ。」
といって歓喜しました。

 かかしは涙目で
「チュウチュウよ。あなたはは間違っている。」
といいました。しかしすでに遅かったのです。だれもかかしの言葉を聞くはずありません。

 かかしは落ち込んですごすごと玉座にもどると、
「何か方法を考えなくてはならないな。」
とつぶやきました。

 ドロシーはかかしをぐいと掴みながら震えて
「魔術師が来るわ!」といいました。

 「魔術師に道をあけろ、魔術師に道を!」
群衆は魔術師に道を開けました。背の低い醜い魔術師は大きな銀の花瓶を頭の上より高くかかげて、よろよろと玉座に歩み寄ってきました。

 ホークス卿は魔法使いの後ろにくっついてやってきたものを見たとき、あざやかに気持ちの良いラクダに飛び上がりました。

「なんたること。」とうなり声をあげると、「ついにきたな。」といいました。
 ホークス卿は猛突進していきました。剣をぬいて鋭い一撃を振り下ろしました。すると一度に20個の爆竹が炸裂したかのような爆発がおこり、広間はたちまち黒い煙に覆われ、誰もが何がどうなっているのかわからなくなってしまいました。ホークス卿だけは大声をはりあげていました。
「竜ですよ。これで私も竜をやっつけることができた。なんたる幸運なことだろう。」
といいながら手に竜をひっさげて戻ってきました。


 人々は煙にむせかえっていましたが、少し見えるようになってくるとホークス卿が本当に竜を退治してしまったことがわかりました。しかしその退治されてピクピク震えている竜というのは、もちろん魔術師の竜に他ならなかったのです。

 臆病ライオンは
「どうせなら、魔術師をやっつけてくれればよかったのに。」
と不機嫌にいいました。

 気持ちのよいラクダはくんくん臭いを嗅いで
「爆発してしまったにちがいないよ。」
といいました。

 三人の皇子たちは口々に
「反逆者め!」
と叫び、大老チュウチュウは石の床に身をなげだして自分の辮髪をいじくるばかりでした。

 年寄りの魔術師は
「あやつは私のほんのちいさな楽しみを奪いおった。やつを猫に変えてやる!みすぼらしい猫にね。そうしてあぶって食ってやるさ。」
とののしりました。

 ドロシーはいたわしそうにホークス卿を見ると
「まあ、どうして?」
といいました。

 竜を殺してしまったので、玉座の間はこのうえない混乱をきたしていました。ホークス卿は鎧の下で少し青ざめましたが、怒っている悪党たちにはひるむことなく向き合いました。

 気持ちのよいラクダはおびえた目をしてふりかえると
「カラワンバシ様。これはとても良くない状況です。」
とつげました。

 疑い深いラクダはホークス卿に身を押しつけて来て
「私の左側のザックに短剣があります。やつらにむいているかどうかは疑わしいですけどね。」
といって咳払いをしました。

 一番上の皇子は、この騒ぎでかかしの仲間たちにいろいろ考える時間をあたえてしまったのをみてとると
「儀式をつづけろ!そこの鉄樽男はあとでこらしめてやるからな。」
と怒鳴りました。

 群衆からも
「そのとおりだ!皇帝陛下をもとのお姿に。」
と声が上がりました。かかしは、もうこれでもうおしまいで、オズマには私が戻ろうとしていたと伝えてほしいといおうとしていました。

 ドロシーたちはどうすることもできずに、魔術師が近づいてくるのを見ているだけでした。本物の敵と戦うといっても相手は魔法を使えるのです。勇敢なホークス卿のような人であってさえ、もう何もできないと思ってしまいました。

 歳をとった魔術師はオズから来たという珍客をずるがしこい目線で睨んで相手の動きを止めると
「ちょっとでも動いたら、プルーンにしてやる。」
とけたたましい声で怒鳴りました。大広間は静まり返り、一本の針が落ちた音でも聞こえそうでした。 疑い深いラクダでさえも魔法の力をあやしいなどとはうたがわずに、ただただ彫刻のようにこわばって立ち尽くしていました。

 魔術師は注意深く蓋をした瓶を頭上にかかげて、ゆっくりと近づいてきました。あわれなかかしはこの秘薬を暗い面持ちでみやりました。もうすこしたつとかかしは年寄りのシルバー島人になってしまい、二度と戻ることはないのです。かかしはドロシーにしがみつきました。


 ドロシーは恐怖と悲しみで震えていました。魔術師が秘薬の瓶を高々ともちあげてかかしに投げつけようとしたとき、ドロシーは魔法使いの小賢しい脅しにはおかまいなしに、両手を上げて悲鳴を上げてしまいました。かかしは飛び上りながら
「なんとかして!」
とさけんでいました。ドロシーが両手を上げたそのとき、手首で揺れていたかかしがくれたあの傘が開きました。するとどうでしょう。ドロシーは上へ上へと舞い上がり、広間の天窓をこえてしまったのです。

 これには魔術師でさえも驚いてしまい、瓶を投げつけるのを忘れてしまいました。広間にいる人々はみな上をみあげ、誰もが息をのんでいました。

 一番上の皇子が最初に我に返りました。
「まぬけのようにみているやつがあるか!今が絶好の機会だぞ!」
と魔術師の耳元で怒鳴りました。

 魔術師は
「私はよそ者に邪魔されるために来たわけではない。こうたびたび邪魔が入ってはどうやって魔法をとりおこなうものやら、かなわない。こういうとき、私の小さな竜がいてくれたら。」
とべそをかきました。

 皇子は両手が動揺で震えていましたが
「つづけろ。秘薬を投げて。そうしたらおまえにはべつの竜を手に入れてやる。」
といいました。

 かかしはドロシーが急に宙に浮きあがってしまうという災難にぶつかったので、すっかり魔術師のことを忘れていました。かかしと臆病ライオンとホークス卿はどうやってドロシーを助けようかと玉座のまわりを右往左往していました。疑い深いヒトコブラクダはといえば、気持ちのよいラクダが悲しみに鼻を鳴らす一方で、大声を上げてすべてを疑がっていました。

 「今がチャンスだ。」
と魔術師にささやきました。かかしはみんなに背を向けて必死に身振り手振りをしている最中でした。

 魔術師はしっかりと瓶のふちをつかむと、言い直しのきかない長い呪文をとなえながら、かかしの頭めがけてまっすぐに秘薬を投げつけました。ところが秘薬の瓶が魔術師の手からもうすこしで離れるというときに、きらきら輝きながら、魔法の傘と一緒にドロシーが瓶のちょうど上に舞い降りてきたのです。

 ドロシーはそっとそのまま宙に浮いていたのですが、瓶はまったくちがった方向へ飛んでいき、次の瞬間には三人の皇子の頭ごしでわれてしまいました。



 ホークス卿はかかしをつかみ、かかしは臆病ライオンをつかんでいました。それも無理のないことでした。魔法の秘薬にふれた皇子たちは二匹の銀の豚となり、一番上の皇子はイタチになっていました。三人の皇子たちはかかしのかわりに真実の姿にかわってしまったのでした。人々がびっくりして飛びあがっているなか、変わり果てた三人の皇子たちは悲しそうな鳴き声をあげて広間を走り回ると、やがて中庭のほうへと消え去りました。

 「魔術師を捕まえて、もとの洞窟へ連れて行きなさい。」
この騒動が始まって以来、はじめてかかしが皇帝の権限をつかって命令しました。かかしは年寄りの魔術師がホークス卿にまじないをかけているのにきづいていたからです。12人がかりであばれる魔術師をつかまえて広間から連れ出しました。

 ホークス卿はかかしの要請で、甲冑の小手をパチパチとならし静かにするようにとうながしました。

 かかしは宮廷にいる人々に向かって
「きっとあなたがたは私と同じ意見だとおもいますが、魔法というものは、かかわった者にはやっかいなものです。もしあなたがたが全員が無事に家に戻ったら、私はこの難しい問題を解決する方法を考えようとおもいます。」
とわずかに不安なおももちでいいました。

 シルバー島民はうやうやしくかかしの言葉を聞き、ほんのすこしがやがやとしたあと、玉座の間を出て行きました。実のところ、島民たちは今朝の出来事を他の人に話したくて話したくてしかたがなかったのです。ところがオレンジブロッサム姫は退廷することを拒みました。魔法にせよそうではないにせよ、皇帝陛下と結婚しに来たのですから、式典が終わるまで立ち去るわけにはいかなかったのでした。

 かかし皇帝は本当は姫にこの結婚をことわってほしくて
「オレンジブロッサム姫は本当にかかしなどとの結婚をお望みですか?」
とたずねました。

 するとオレンジブロッサム姫は
「どんな殿方もかかしのようなものですわ。」
といいかえしてきました。

これを聞いた臆病ライオンは姫の輿にふざけて飛びあがると
「それじゃあ、なぜ結婚をするのですか?」
とききました。臆病ライオンのこの立ち居振る舞いは少々やりすぎで、オレンジブロッサム姫は即座に気絶してしました。かかしは姫が意識不明なのをこれ幸いと、輿の担い手にできるだけ早く遠くへ運び去るように言いつけました。

 ようやく最後の家臣たちも宮廷から立ち去ると、
「それじゃあ、ゆっくり話をしようじゃないか。」
とかかしはいいました。

Chapter XX: Dorothy Upsets the Ceremony of the Island

21章: さらばシルバー島

 ドロシーは帽子であおぎながら
「まったく、こんなに驚いたことってないわ。」
といいました。

 「私もまったく同感です。」
かかしも大きな声を上げました。
「魔術師はドロシーさんを傘ジャンプで邪魔した罪で訴えることでしょうね。しかしどうしてあのようなことがおきたのですか。」
とききました。
 「そうね、傘が開いたとたん息つく暇もなく舞い上がって、そのあとはどんどん広間から遠ざかってしまったの。傘を上に向けたら上に登っていったということは、降りるには傘をおろせばいいとわかったの。こんなつらいところにあなたやみんなをのこして行ってしまうなんてできなかったわ。それで、傘を閉じたらこうなったってわけ。」といいました。

 それから
「そうしたら、ここへ舞い降りたってわけですか。」
とかかしは手を振り回してドロシーの言葉の後をひきとりました。
「ドロシーさんはいつもここぞというときにふさわしい行動をおこしますね。」
といいました。

 ドロシーは
「秘薬のビンにぶつかってちょうどよかったわよね。皇子様達には悪いことをしちゃったけれども。」
と小さな声でいいました。

 臆病ライオンは
「ちょうどよかったさ。みんな立派な豚になるだろうね。」
といいました。

 「しかしですな、今後は誰がこの国を統治するのですかな。」
ホークス卿は煙をあげてくすぶっているドラゴンの燃えかすから目をうつすと、そう聞いたのです。/p>
 かかしは沈痛なおももちで
「考えねばなりますまい。みんなで考えましょう。」
といいました。

 疑い深いヒトコブラクダは当惑した様子で
「まだ考えることができるなんて、疑わしいね。」
といって首を左右にゆさぶりました。

 気持ちのよいラクダは
「わがカラワンバシ様におまかせあれ。」
といって悦に入りながらホークス卿にむかってうなずくと、かかしのブーツのつま先からとびだした藁の束を抜き取り始めました。しばしのあいだあたりは静かになりました。

 膝を抱えてとてつもなく考え込んでいたホークス卿でしたが、突然こういいだしました。
「プディング卿ではだめだろうか。この誠実な冗談係ではなぜいけないというのだ。玉座にふさわしいのはハッピー・トコ以外にいない。」

 これをきいたかかしは黄色の手袋の手で拍手をしながら
「まさにうってつけの人物です。」
というと、自分の銀色の帽子を脱いでさっとハッピー・トコの頭の上にかぶせました。

 ドロシーも
「ハッピーなら愛される皇帝として申し分ないわ。だって親切で愉快な心の持ち主ですもの。そうすれはかかしさんは退位できてオズに帰れるもの。」
といいました。

 みなが誇らしげに王室付冗談係を見てみると、当のハッピー・トコは皇帝の帽子をひったくるように脱ぎすてて、わーっと泣き出しました。

「置いてきぼりにしないでください。お優しい皇帝陛下様。陛下がいないなんて、どんなに寂しいことか。」
ハッピーはさめざめと泣きだしてしまいました。

 ドロシーは
「あなたはわかっていないわ。かかしさんはまさにここであなたを必要としているの。それに、すばらしい服の数々や、とてもお金持ちにもなることも考えてみてください。」
と説得しました。

 かかしはハッピーに腕をまわすと
「タッピーや。私もこのシルバー島が好きさ。タッピーの一番好きな国はシルバー島で、オズの国ではないだろうよ。それにね、なにもかもうまくいくようになったら、私のところへ遊びにこれるよ。ほら王様が他の王様をみまうように。」
といいました。

 タッピーは
「陛下は私をお忘れにならないでしょうね。」
と鼻をすすりながら尋ねました。このころには皇帝になるという考えも悪くないと思い始めていました。

 かかしはおおきくうなづきながら
「もちろん、忘れるものか。」
としっかりした声でいいました。
「それから、もしなにかまずいことがおきたら助け出してくれますか?」
と不安そうにききました。

 ドロシーは
「オズの魔法の絵を毎月一回のぞきこむわ。そしてあなたが私たち必要としたとき、必ずやあなたを助ける方法を見つけてあげるわ。」
ときっぱり言いました。

 ホークス卿もタッピーの手を包みこむと、
「必要とあらばこの信頼できる剣に命じてください。皇帝見習どの。私はあなたのしもべです。」
とはっきりといいました。

 ハッピーはゆっくりと皇帝の冠をもちあげると、頭の横っちょにかぶり
「かかし陛下、わかりました。全力を尽くします。」
といいました。

 するといつも疑い深いヒトコブラクダが
「そりゃあ疑う余地はまったくないね。」
といったものですから、ドロシーたちはとても驚きました。

 臆病ライオンは
「陛下にお祝い申し上げます。シルバー島の皇帝陛下万歳!」
といいました。オズの仲間は、気持ちのよいラクダや疑い深いヒトコブラクダでさえもハッピー・トコの前にひざまづきました。

かかしは
「私の花嫁も君のものだよ。タッピー。」
とけたけた笑いながらいうとドロシーにウインクしました。それから急に思いたって
「私の孫のことだけれども、あなたの本当の子供同様に育ててくれるかい。オズに戻ったら、オズの本を送るとしよう。」
といいました。

 ハッピーの心の中はいろいろな話にとても当惑していましたが、ワクワクもしていたので、かかしにむかって一礼をしました。

 かかしは
「さあ、これで安心してオズに戻れる。」
といってドロシーの手を握りました。

 「疑わしいもんだね。」
と疑い深いヒトコブラクダはいいました。

 「大丈夫よ。もう考えてあるわ。」
とドロシーは告げると、計画について手短に話しました。

 「そりゃ素敵だ!」
と臆病ライオンはいい、みんなで本当に真剣にオズに戻る準備にとりかかりました。

 まず、ハッピーはとてもおいしい昼ごはんを持ってきました。気持ちのよいラクダと疑い深いヒトコブラクダにはたくさんの木の芽や干し草、臆病ライオンには肉を用意しました。かかしはオズの国の人々へのお土産をラクダのサックに詰め込みました。それからドロシーたちはかかしが持っていた中で一番すばらしい服をハッピーにきせると、玉座に座るようにいいました。そうしておいてから、かかしは呼び鈴をならして宮廷の召使を呼び出し、シルバー島民をこの広間に集めるようにいいました。

 まもなくシルバー島民がぞろぞろやってきました。謁見の間はこれいじょう入れないというほどの人で埋め尽くされ、集まった人々はだれもかれもが興奮した様子でしゃべっていました。

 そんな人々を出迎えたのはさっきとはうってかわった人達でした。かつてのマンチキン服をきた上機嫌のかかし、幸せそうにほほ笑むドロシーとホークス卿、それから三匹の動物たち、臆病ライオン、気持ちのよいラクダ、疑い深いヒトコブラクダは満足そうに何度も瞳をまたたかせていました。

 人々が静かになるとかかしは楽しそうに話し始めました。
「こちらは皆さんの新しい皇帝です。皆さんはこの新しい皇帝に忠誠を誓ってください。」
というと誇らしげにハッピー・トコを振り返りました。ハッピー・トコはというと、本当のことをいいますが、本物の皇帝の風格というものをたたえていました。
「私はあなたたちとともにここシルバー島にいることはできませんが、いつもこのすばらしい国を見守り、この魔法の扇でもってどんな敵でもやっつけ、悪いやつはみんなこらしめてやります。」とかかしはいいました。

 ハッピー・トコは臣民に会釈しました。シルバー島民は驚いて目くばせを交わしていましたが、かかしがちょうど扇を持ち上げたので、地面にひれふしました。

 かかしはハッピーにおおっぴらにウインクすると
「さて、これは喜ばしきことです。私の意見に賛成ということがわかりました。それでは、今からハッピー・トコ、シルバー島の皇帝陛下にお祝いを申し上げます。」
といいました。

 かかしの祝辞がもたらしたものは民の望んでいたことでした。今度は人々に認められたハッピーが演説をしました。その演説は名演説として国の本に書き残されたほどでした。

 とても満足いくことの運びとなり、かかしはハッピー・トコを深い感慨とともに抱きしめました。ドロシーとホークス卿は新皇帝のあらゆる成功と幸せを願ってきつく手を握りしめました。それからオズの一行は広間の中央にある豆の木にゆっくり歩いていきました。

 かかしとホークス卿は臆病ライオンと疑い深いヒトコブラクダと気持ちのよいラクダをロープでくくりつけ、 同じように自分たちやドロシーの腰にもロープをまきつけて結び、それらのロープの端を傘の柄にしっかりとしばりつけました。シルバー島民はわけもわからずその作業を驚いた様子でじっと見ていました。

 ドロシーは傘を注意深く握りしめると
「みなさん、ごきげんよう。」
といってすぐに傘を開きました。

 かかしも
「ごきげんよう!」
と大きな声で告げると、手を振りました。

 集まった人々はあいさつの意味がわからないでいましたが、オズの一行がそっと上向きに浮きあがりはじめたので、驚いてしまって口をぽかんと開けました。一行は上へ上へと渦を巻いて昇っていき、とうとう見えなくなりました。

Chapter XXI: The Escape for the Silver Island

22章: 傘飛行

 傘の柄を握りしめて、ドロシーは持てるかぎりの飛行技術すべてを使って飛んでいました。飛びはじめて数分後には、かかしが落ちてきたどこまでも暗い通路のところまでたどり着いていました。一人一人は違った長さのロープで結ばれていましたからお互いにぶつかることはありませんでしたが、そうはいっても、どんなにドロシーが気をつけても通路の横壁にぶつからないわけにはいきませんでした。気持ちのよいラクダがときどき哀れな声をだし、疑い深いヒトコブラクダは暗闇の中でもつべこべと文句を言うのがドロシーには聞こえていました。あたりはとにかく真っ暗で、ドロシーは片手で豆の木をさぐり、なんとか傘を真中にたもっているといったぐあいでした。

「どのぐらいかかるかしら。」
とすぐ下にぶらさがっているかかしに息を切らしてききました。

 かかしはしっかり帽子を握りしめ、息を切らしながら
「何時間もかかります。願わくばここではだれにも会いしませんように。」
とびくびくして答えました。というのもかかしは真ん中国のことを思い出していたのです。

 「なにをおそれているのやら。私の信頼できる剣をお忘れですかな。」
とホークス卿は威張ってみせましたが、ホークス卿の言葉はすべて鎧のかちゃかちゃする音でかき消されていまいました。

 かかしは、
「しーっつ。静かにしないとまんなか国の人たちに捕まってしまう。」
と注意しました。そういったわけで一時間余りの間、トンネルのような暗闇の煙突のなかを、一度か二度ほどでしたがでこぼこの壁面にぶつかったときにうめき声があがりましたが、ひたすら飛びつづけたのでした。それですから、一行は何がなんだかわけもわからなかたのですが、傘がなにかにぶつかって半分とじてしまうと、まっさかさまに落ち始めました。

 ドロシーは
「大変!誰か豆の木をつかんでちょうだい!」
というと宙返りをしました。

 かかしは
「傘を開いて!ドロシーさん!」
と金切り声でいいました。われにかえったドロシーは、自分で豆の木をつかんでから傘を大きくひらきました。一行は再び以前にもました速さで上へ上へと舞い上がりました。

 かかしは
「これは私が落ちていった時よりも早いスピードで上昇していたのですね。もう上についてしまったにちがいない。でも、だれかが穴をふさいでしまっている。」
と声をからしていいました。

Chapter XXII: The Flight of the Parasol

23章: 無事、オズの国へ

 ドロシーは心配そうに
「この地上へのふたは突き抜けるまで体当たりしなければならないかしら?」
と息を切らしていいました。

 ホークス卿は
「その必要はありますまい。私には剣がありますから。」
というと足を豆づるのくぼみに入れ、自分と傘をつなげているロープを剣で切りはなしました。
「傘を半分閉じていてください。私が先頭になって穴をあけるとしましょう。」

 ドロシーはどうにかこうにか少しだけ傘をおろしたので、すぐに動きがゆっくりとしてきました。ドロシーたちはほんの少し動いているだけなので、ホークス卿はみんなを乗り越えて一番上まで登りつめました。

 「おーい、もしもし。」
臆病ライオンは心配していいました。すると臆病ライオンの頭には土の塊が落ちてきて、目も口も泥だらけになりました。

「なんたることだ。」
と臆病ライオンはホークス卿を真似ていいました。

 ドロシーは
「明かりよ!明かりが見えるわ。」
とさけぶと、興奮のあまり傘を開いてしまいました。

 ホークス卿は通路をふさいでいたちゃちなうすっぺらい地面のおおいに剣で大きな穴をあけおえて、外に出ようとしているところでした。そこへ下からものすごい勢いで吹き上げてきた魔法の傘の先っぽにひっかかり、ドロシーたちと一緒に穴から外に噴き出し、雲の彼方までつき進んでいきました。

 ドロシーはとても幸せな気分で見慣れた懐かしいマンチキンの景色を見下ろすと
「ようこそオズへ。」
といいました。

 かかしは大喜びで
「ついに帰ってきた。」
といってマンチキンの地にキスを送りました。

 ドロシーが興奮のあまり傘を降ろすのを忘れているので、臆病ライオンは
「三角帽子が太陽にぶつかる前に、地上へおりましょう。」
といいました。

 ドロシーは気をつけながら傘をおろし、それから徐々に傘をすぼめ、最後にすべてとじました。

 ホークス卿は一番上から飛びおりたので、下にいた人々はなぎ倒されましたが、とてもちょうどよいことに、倒れこんだのは魔法の豆の木のそばにあった大きな干し草の山の上でした。こんなことが起こっていたのに、周りには誰もいませんでした。一行はすぐさま立ち上がり作業を始めました。その間、気持ちのよいラクダと疑い深いヒトコブラクダは干し草をたらふくたいらげました。ホークス卿とかかしは豆の棒の周りにあいた穴の上にきれっぱしの板を置いて、土ととうもろこしの茎で穴を覆いました。

 かかしは
「人々が家系図の木を滑り降りてタッピーを脅かさないように、オズマに魔法のベルトで穴をきちんと閉じてもらうとしよう。私についていわせてもらえば、私はもう二度とオズをはなれない。」
ときっぱりいいました。

 臆病ライオンは擦り傷を丁寧に調べながら
「そのようにお願いします。」
といいました。

 ドロシーは
「もしかかしさんがオズを離れなかったら、こんな素敵な冒険には出くわさなかったし、ホークス卿や気持ちのよいラクダ、疑い深いラクダにも会えなかったわ。ああ、オズマに話さなきゃならないことがなんてたくあるのかしら。すぐにエメラルドの都へ向かいましょう。」
といいました。

 かかしは、わらで鎧をみがいているホークス卿に
「今度はまったくの旅行です。」
と説明しました。

 ホークス卿はやさしくドロシーに微笑むと、まだ手首に巻いているもうぼろぼろになってしまったリボン(ドロシーが忠誠を誓った騎士にみかえりとして与えた)をまっすぐにして
「ドット嬢のゆくところはいづこでもお供いたします。」
といいました。

 「わたしのことも忘れないで下さい。カラワンバシ様。」
気持ちのよいラクダは頭を騎士の肩になすりつけました。

 疑い深いヒトコブラクダのダウティは
「カミーはセンチでおまぬけだね。我々も連れて行ってくれるかどうか疑わしいよ。」
というとうらめしそうにドロシーをみました。

 ホークス卿は二匹のラクダの首に腕をまきつけて
「さあ、行くぞ!お前たち二頭は切っても切れない仲だからな。」
といいました。

 カミーは
「ああ、これで気分がよくなった。」
とほっとしました。

 かかしは満面の微笑で
「ここではね、われわれみんなで楽しい大家族なんだ。オズはこの世で一番親しみある国なんだ。」
といいました。

 臆病ライオンも
「そのとおり。」
とあいづちをうつと
「それじゃあそろそろ出発するとしよう。」
といって疲れた体をほぐし、黄色いレンガの道のほうへのろのろとあるきはじめました。

 ドロシーは
「ちょっとまってちょうだい。傘のこと忘れてない?」
といいました。

 臆病ライオンは目をぱちくりさせながら
「願わくば、忘れてしまいたいね。」といいました。

 ホークス卿は腕組みしながら残念そうに豆の木をみつめていました。
「勇敢なる探求の旅であった。望みを手にし、冒険は終わる。」
そうつぶやくと、ホークス卿はブーツ中になにか入っていることに気が付きました。ブーツの中からは一粒の赤い豆がでてきました。ホークス卿はなにげなく口の中にほうりこみました。この豆はホークス卿が暗い通路をてっぺんまでのぼったときに豆づるからむしり取ったもので、一握りほどあったのですが、他の豆は藁の山に飛び降りたときにこぼれおちてしまったのでした。

 ホークス卿は再び豆の木を感慨深げに見つめ、
「ドロシ嬢、今いちど傘を使いませんか。」
といいかけたのです。

 ところがホークス卿はそれどころではなくなっていましたし、ドロシーも返事どころではありませんでした。ドロシーはけたたましい叫び声をだしてかかしの腕をしっかりとつかみました。かかしはびっくりしてうしろにのけぞりました。気持ちのよいラクダはわけがわからず顔をあげると、恐怖の叫び声をあげました。ドロシーたちが驚愕のあまり目を丸くしているあいだに、ホークス卿の肩からは緑の枝葉が生い茂り、豆の木に向かって伸びはじめ豆の木にしっかりとからみました。ホークス卿は豆づるの先っぽで、蹴飛ばしたりもがいたりしていましたが、豆づるはどんどん空めがけて伸びあがっていくものですから、すぐにホークス卿の姿がみえなくなってしまいました。

「戻ってきてください。戻ってきて。」
 気持ちのよいラクダは気も狂わんばかりにあたりをかけずりまわって叫びました。

 疑い深いヒトコブラクダは首を上に伸ばすと
「ホークス卿に再びお目にかかろうなんて、疑わしいね。」
といいました。

 ドロシーは
「なんとかしてちょうだい。なんとかしてちょうだい。」
と懇願しました。かかしはとび起きると、農夫の納屋へはしりこみました。

 中からは
「斧を手に入れる。豆の木をきりたおす。」
とかかしの声が聞こえてきました。

 後からついてきた臆病ライオンは
「それはいただけないな。そんなことをしたらホークス卿はばらばらになってしまう。」
といいました。

 ドロシーは
「まあ、ほかに手はないかしら。ああ、急がないとお月さまに届いてしまうわ。」
とわめきました。

 かかしは両手を頭に載せてあたりをじろじろくまなく見ました。そして自信満々に帽子をふると、どうしたらいいかはわかっているといいました。

 「傘だよ。ドロシー、急ぎ傘をさしなさい。」
 元シルバー国皇帝陛下はこういったのです。

 ドロシーは豆の木の根元に置いてあった傘をつかむと広げました。かかしは傘が急上昇する前に高跳びをして傘の柄をつかみました。二人はまたたく間に見えなくなっていきました。

気持ちのよいラクダは猫背の友達にちかよって、
「ダウティ、ダウティ。われわれは問題をおこす荷物ばかり背負い込んでいるよ。膝がガクガクしてきた。」
と泣きべそをかきました。

 臆病ライオンは
「いまさら、心配ないよ。」
となぐさめると、あきらめて座り込みました。そして
「今僕はおびえているよ。でもそれはね、 自分がとても臆病だからさ。オズでは変わったことが起こるけど、結局は無事なのさ。なんだってまたホークスはこの畑で育っているのかってね。それはつまり、ちょうどこの畑で育つ時期だからさ。」

 すると疑い深いラクダはちょっとばかりばかにして
「そいつは疑わしい。ホークス卿は最初から育っていたじゃないか。」
といいました。

 臆病ライオンは
「かかし君の優秀な脳みそのことを考えても見たまえ。君たちはこの問題をかかし君にまかせないとね。」
といいました。でもこれも役にたちませんでした。二匹のラクダは悲しそうに鳴き始めました。

 気持ちのよいラクダは
「植物なんて欲しくないよ。ご主人のカラワンバシ様にいてほしい。」
といって傷心の涙を流しました。

 臆病ライオンは
「おいおい、僕を涙でおぼれさせないでくれ。それより、なにかいい考えでもいってくれ。」
といってラクダの流した涙の川をよけました。

 するとどうしたことでしょう。三匹の頭上でとてつもない突風がふいたとおもったら、あっというまに空高く吹き飛ばされ、次の瞬間にはびゅんびゅん音をたて三発の毛皮を着た弾丸のようになって、ものすごい速さでエメラルドの都へつきすすみ始めたのでした。

Chapter XXIII: Safe at Last in the Land of Oz

24章: エメラルドの都のすぐそばで

 魔法の傘にすばやくしがみついたドロシーとかかしはホークス卿を追って、雲のところまでやってきていました。最初は豆のつるの伸びる勢いがものすごく早いのでとてもホークス卿に追い付くのは無理にみえたのですが、しだいに魔法の傘は速度を増してきたので、数分後にはホークス卿の傍らにいました。

 ホークス卿は
「私は呪われている。このむこうみずな植物を止めることはできるだろうか。」
とあえぎながらいいおえると、ドロシーにむかって腕をさしだしました。かかしは
「剣をよこしたまえ。切り離してあげるよ。」
といいました。ドロシーはかかしの手が剣に届くようにと至難の技で魔法の傘をホークス卿へ近づけました。しかしホークス卿は怖くて身をのけぞらせてしまいました。
「この豆のつるは私の一部になっている。あなたが切ってくれなかったら、きっと自分で切ることになるのだろうけれども、背中に根がはっているのです。」ととぎれとぎれにいいました。

 「どうしたいいかしら?」
ドロシーは困りました。
「もしかしたら手をつかんでいれば、このまま伸びていくのを防ぐことができるかもしれないわ。」といいました。

 吹き飛ばされそうな帽子を丸めこんでいたかかしは、賛成してうなづくと二人はそれぞれ片方の手で傘を握り、もう片方の手をホークス卿にさしだしました。ドロシーが傘を下に向けると、ドロシーの思惑通りにホークス卿もついてきました。そして細い緑のつるもほぼ同じ速さで伸びていました。

 ちょうどその時です。ドロシーのポケットの中でさかんにころげまわっていたあの小さな魔法の扇がとびだして、地上にいるそうとはしらない三匹の動物にむかって一直線におちていきました。当然のことながら、一陣の風が吹きました。

 しかしこの件はドロシーが悪いわけではありません。ドロシーはホークス卿の苦境を心配してかかしと話し合っていましたから、この大惨事にはまったく気づきませんでした。ドロシーとかかしの二人はこのままエメラルドの都まで飛んでいって、オズマに豆のつるを切り離してもらうのが一番いい方法だということになりました。

 それからしばらくは静かに飛行していましたが、かかしは
「友よ、君がわたしの家系図である豆の木にからみつかれるなんて、申し訳なかったね。でもこれでわれわれは結ばたのではないかな。」
といってホークス卿にむかって大げさにウインクをしました。

 ホークス卿はとてもうれしそうにして
「まさにそうですな。私はいまやあなたの家族の一部というわけですな。しかしいまさらながら、あの豆を飲み込むのではなかったと思います。」
と答えました。

 ドロシーは
「豆ってなんのことかしら?」
とききました。ホークス卿は通路の一番上につく前に、豆の木から赤い豆を片手に一杯摘み取ったこと、そのつみとった豆をなにげなく食べてしまったことを丁寧に説明しました。

 「まあ、それであなたは育ち始めたってわけね。」
とおどろいていいました。ホークス卿は
「おおせのとおりでございます。まだ私がこのように育つとは思ってもおりませんでした。」
とみとめました。そして
「まさにここは冒険の国オズですな。」
とまじめくさっていいました。

 かかしは笑いながら
「そのとおりといわざるを得ないね。」
といいました。
「ところでドロシー、そろそろエメラルドの都へつくころじゃないかな。」
ドロシーは
「正しい方向へきていると思うのだけど。もう少し低く飛んで確かめるわ。」
とこたえました。ホークス卿は伸びてうねってきた豆のつるを心配そうに振り返り
「早く、早く。」
といってきました。

 すると突然かかしが
「オズマ姫の宮殿だ!」
といいました。

 ドロシーもうれしそうに下を見ながら
「あそこにオズマがいるわ。スクラップスも、チクタクもみんないるわ。」
と叫びました。

 ドロシーはまっすぐ下に傘をむけました。するとホークス卿の豆のつるが伸びる速さよりももっと早い速度となったので、ホークス卿が二人を後ろにぐいっとひっぱる格好となりました。ドロシーは半分だけ傘を下ろすとゆっくりと地面をただよい、オズマ姫の美しい庭の花壇のひとつにそっと着陸しました。

 ドロシーが傘を閉じおわるとすぐに、かかしは
「みんなに会いに行こう。」
といいました。しかしホークス卿は力をこめてかかしをつかみました。そして
「私をまだつかんでいて下さい。私の成長はもう終わりましたが、このままだと、また空中に向かっていってしまいます。」
といいました。ドロシーとかかしはお互いに顔をみあわせてうろたえました。たしかにホークス卿の成長は止まっていて、ドロシーとかかしはホークス卿を地上におろすことができました。しかし、しぶとい豆のつるはまっすぐに伸びようとしていました。 三人が降り立ったところは宮殿の建物からは遠いところで、オズの人々は背を向けていたので三人のめずらしい到着を見てはいませんでした。


 かかしは大きな声で
「おーい!」
と叫んでみました。それから
「助けてくれー!」
といいました。その間にホークス卿が二度ほど空中へひきづりこまれました。しかしオズマ姫もトロットも、かぼちゃ頭のジャックもそのほか全員が上をじっと見ておしゃべりにとても忙しかったので、ドロシーやかかしの叫び声に気付きませんでした。一度そしてもう一度とホークス卿の足は地面からひきはがされました。ホークス卿は涙を浮かべて、ドロシー達に自分のことはもう運命にまかせてくれといいましたが、ドロシーとかかしは持てる力すべてを使っておさえつけました。とうとう三人が空中に飛ばされてしまいそうだと思ったとき、オズの魔法使いがたまたま振り返りました。

 「ちょっとあれを見てください!」
オズの魔法使いはオズマ姫の袖を引っ張っていいました。オズマ姫は目をぱちくりさせて
「まあ、ドロシーじゃない!それに‥‥。」
とうれしそうにいいかけると、かかしが腕を大きくふって
「助けて!助けて!」
と叫んでいました。またたくまにオズの有名人たちが三人のもとへ駆け寄ってきました。

 「誰か重い人はこちらに来てしっかり捕まえててちょうだい。」
ドロシーはホークス卿を地面につけようと必死で息をきらしながらいいました。

 オズの人々はただちに助けが必要と分かっていましたから、いろいろ聞きたい気持ちを我慢しました。

 チクタクは
「私-は-重い-です。」
と機械的にいうとホークス卿の腕をつかみました。ブリキの木樵りももう一方の手をしっかりと握りました。ドロシーはへとへとになって芝生の上にすわりこみました。


 オズマ姫がこちらへやってきました。
「いったいこれはどういうことかしら?どこからやってきたの?」
オズの女王は目の前の摩訶不思議な光景を驚きの表情で見ながらたずねました。

「それにこちらの中世のお方はどなたですかな。」
とムシノスケ教授はどんどん積極的に質問をしてきました。 (ムシノスケ教授はオズの王室事典のデータをもっと集めるために宮殿に戻っていたのです。)パッチワーク娘のスクラップスはサスペンダーボタンの目を楽しそうにカチカチならしながらホークス卿のところまで踊ってくると、
「この人、悪者には見えないわ。」
と笑っていいました。

 ホークス卿は動揺して答えられないでいましたから、ドロシーは
「悪者ではないわよ。この人は騎士道をきわめんとしている私の騎士なのよ。」
と憤慨して答えました。

 ムシノスケ教授は
「わかりました。それでこの場合、爵位が花開いたということですな。」
とこたえました。信じられないことに、このとき豆のつるからはみごとな赤い花が咲き乱れ、人々のうえに花びらが舞い散ったのです。人々がおどろきから醒めやる前に、豆づるは騎士の鎧のそばからポキンともぎとれ、チクタクとブリキの木樵りとホークス卿は折り重なって倒れました。豆づるはヒューっと音をたてて空中へと消え去りました。

 ドロシーはとっさにホークス卿を抱きしめると
「まあ、よかったわ。」
といいました。

 かかしも心配して
「だいじょうぶですか?」
とききました。

 ホークス卿は
「元に戻った。」
といいました。魔法の豆のつるは跡形もなくホークス卿の肩から消えていました。

 オズマ姫は
「ドロシー、どうなっているの?」
と再び尋ねました。

 かかしは
「私は家系図である豆の木をすべりおち、ドロシーとこちらの騎士が助けてくれたということです。」
と平然といいました。

 ドロシーはかかしにむかって手を振りあげると
「そしてすべりおりた国では、かかしさんは本物の王族なの。」
といって少しだけムシノスケ教授に顔をむけました。そして
「こちらは崇高なる君主シルバー島のチャン・ワン・ウー陛下です。皇帝という地位を捨て、オズのいつものかかしでいるために戻ってきたの。」
といいました。

 これを聞いたオズの卓越した教育者ムシノスケ教授はただただポカンと口を開けて立っているだけでした。ドロシーは
「あのね、オズマ。私あなたにたくさん話すことがあるの。」
といいました。

 オズの魔法使いは
「早速話してください。なにもかもとても不思議なことばかりです。最初に臆病ライオンと二頭の見ず知らずの動物が空を突きぬけてやってきて、三階の外窓にぶつかってとまっています。私はありとあらゆる魔法を使って降ろそうとしたのですが、三匹はまだそこにぶら下がったままです。すると今度はあなたとかかしが変わった騎士とともにやってきたのです。」
といいました。

 オズの魔法使いが話し終わると
「かわいそうなライオンさん。」
とドロシーはつぶやき
「そうだわ、魔法の扇子!」といってポケットをあわててまさぐりましたがなくなっていることに気づきました。

 かかしはこれをみると
「おそらくポケットから滑り落ちて三匹をふきとばしたんでしょう。ですから扇子が閉じられるまで三人は降りられないのでしょう。」
と興奮した声でいいました。

 オズマ姫や他の人々にはなんのことやらちんぷんかんぷんでしたが、ドロシーが魔法のベルトを貸してほしいというと、オズマ姫は何も聞かずに黙って貸してくれました。このベルトはドロシーが地底のノーム国の王様からとりあげたもので、これを身につけて望みを唱えるといかなることでもかなうというものでした。

 ドロシーは腰にベルトをはめるとすぐさま
「魔法の扇子が閉じられ、私の元に安全に戻ってきますように。」
ととなえました。言葉を言い終わるやいなや大きなぶつかる音がひびきわたり、つづいてうなり声とうめき声がしてきました。ホークス卿が先陣を切り、誰もが宮殿へと向かって走り出しました。 魔法の扇子は不思議なことにドロシーのポケットに戻っていました。

 三匹の動物たちは薔薇の大きな茂みの中に落下していたので、ひどくひっかかれておびえてはいましたが、怪我というほどのものはありませんでした。

 疑い深いヒトコブラクダはホークス卿の方へよろめくと、
「オズを好きになるか、疑わしいものです。」
と震えながらいいました。

 臆病ライオンは背中から棘をぬきながら
「魔法の扇子の扱いはもっと気をつけてもらいたいね。」
とうらめしそうにいいました。気持ちのよいラクダはホークス卿の顔を見てとても大喜びをし、ホークス卿の肩に頭をのせるとホークス卿の鎧に涙を落としはじめました。

 さて、そろそろこの冒険も終わりにさしかかったようです。これから詳しい説明がはじまろうとしていました。人々がドロシーを囲んで王宮の階段の上に座り込むと、少女はかかしの家系図探しのすばらしい物語の全貌を話し始めました。ドロシーの息が切れると、かかし自身が話しました。そしてもう少しで愉快な仲間を失うところだったことがわかり、多くの人は心から涙を流しました。ニック・チョッパーはかかしの体から藁がなくなるまで抱きしめたほどでした。

 オズマ姫は
「私たちのもとを二度とさらないでくださいね。」
といいました。かかしは自分に心臓がないのでニック・チョッパーの心臓の前で十字を切ると、そのようなことはけしてしませんと誓いました。

 人々はホークス卿と疑い深いヒトコブラクダと気持ちのよいラクダをおおいに歓迎しました。ただ一人ムシノスケ教授だけはそわそわしているようでした。このおかしな説明が発表されている間にどんどん物静かになり、ついには一つ咳払いをするとその場を離れ、そそくさと宮殿へと向かったのでした。ムシノスケ教授はただちに研究に向かい、机にしまってあった大きな本をひらきました。まぎれもなくあのオズの王室事典です。ムシノスケ教授はエメラルド色のペンをインクに浸すと、次のような書き出しで新たな章を書き始めました。

 皇帝陛下、かかし
今は亡き皇帝陛下、シルバー島帝国の君主

 それからパラパラとページをめくりドロシー王女の章をひらきました。ムシノスケ教授は
 ドロシーは王女にして発見者
と慎重に記してしめくくりました。

 その間に階下ではかかしがお土産を渡していました。銀のネックレスは宮殿のみんなに、きらきらしている銀のスリッパはオズマ姫、ベッツイー・ボビン、トロット、ドロシーに。そして、ひとビンの銀の磨き粉はニック・チョッパーにといった具合でした。

 ドロシーは魔法の扇子と傘をオズマ姫に差し出しました。ジュリア・ジャムはこれらの宝物をオズの他の魔法の宝物とともに安全なところへ片付けました。

 次に人々はかかしの素晴らしい王国を見たがっていましたから、急いで魔法の絵を見にいきました。オズマが
「シルバー島の皇帝を見せて。」
と命ずるとたちどころに美しい銀の玉座の間があらわれました。ハッピー・トコは皇帝の帽子を脱いでたいへんうれしそうにホールで逆立ちをし、それをシルバー島の多くの少年たちが窓からのぞきみしていていました。

 「うきうきして見えないかい?ハッピーはとてもよい皇帝になるってわかってたよ。」
とかかしはうれしそうにいいました。

 ドロシーは
「ハッピーの言っていることが聞こえたらいいのに。あらまあチュウ・チュウを見てよ!」
とドロシーはいいました。大老チュウチュウは恐ろしいしかめっ面で玉座の横に立っていました。

 オズの魔法使いは「聞こえるように取りはからってしんぜましょう。」
というと、ちょっとばかりかわった魔法の道具をポケットから取り出して
「チチンプイプイ。」
と唱えました。

 するとたちどころにハッピー・トコの楽しそうな歌声が聞こえてきました。

あの人の銀の靴をピカピカにしろ
あの人の銀の三つ編みにブラシをかけろ
私はほんの皇帝にすぎないが
彼こそ偉大なチュウ・チュウさ

 絵が消えてしまうとオズマ姫は心から思う存分笑い、他の人も同じように心から笑いました。本当はまだまだ話が尽きなくて、聞きたいこと尋ねたいことがたくさんありました。

 興奮が少しさめると
「さあパーティを始めましょう。昔懐かしのオズのパーティー!」
とオズマが言い出しました。昔懐かしのオズのパーティとは、宮殿のみんなが参加し、臆病ライオン、はらぺこタイガー、犬のトト、ガラスの猫、気持ちのよいラクダ、疑り深いヒトコブラクダ、そのほかこの王国の素晴らしい動物たちにも特別な御馳走のテーブルが用意されるのです。

 ホークス卿はこのような場合はどぶろくを掻き混ぜるものだといいはり、歌がとびだし、大いに語り、それぞれに拍手喝采が押し寄せました。もちろん疑い深いヒトコブラクダにもです。

 疑わしいヒトコブラクダは喝采を受けて、長い首をはづかしそうにピクピクともちあげると
「私の左側の袋に絹のショールと宝石がたくさんあります。あなた様にとって十分かどうかは疑わしいのですが、ドロシーさんとオズマ女王陛下に差し上げたいのです。」
といいました。

 次にかかしはナイフでテーブルをコンコンとたたくと
「聞いて下さい。聞いて下さい。」
と大きな声でいいました。そしてあたりが静まり返るとオズマ姫は、よい魔法使いグリンダの助けをかりてイッカク族とトビハネ族の争いをどうやっておさめたかについて話しました。

 オズマ姫が話し終えるとホークス卿はさっと起き、
「願わくば、うるわしきご婦人をそのような争いごとで二度と悩ますことがありませんように。今後は私がオズマ姫様とドロシー王女とオズのために戦うことにします。そしていかなるときもあなたのしもべとなりお守りいたしましょう。」
というと大きな拍手喝采がありました。

 パッチワーク娘のスクラップスはどんどん興奮してきて、さけびだしていました。


あんたはオズの良い騎士だ

度胸と元気がいっぱいで

あたいらのために戦って

あたいらはあんたを大事にするよ


 ホークス卿が座るとニック・チョッパーは喜びでピカピカ輝きながら
「お仲間殿、私の磨き粉を鎧にお使い下さい。」
といいました。

 みなが御馳走を食べ終え心ゆくまで話し終えると、オズマ姫は微笑んで
「ところでみなさん、お楽しみいただけましたか?」
と聞きました。
「楽しいですとも。ここにいるとまったくもって気持ちいいかぎりです。」
と気持ちのよいラクダはいいました。
「私も楽しいわ。昔のお友達を見つけることができたし、新しい友人もできたわ。」
とドロシーは言うとかかしに腕をまわしました。かかしはグラスを持ち上げて
「私も楽しいです。だってオズでは歳をとらないし、このままの私自身でいられるもの。」
とかかしもいいました。そしてホークス卿も
「私に関して言えばですな、とても幸せです。レディを守り、探求の旅を終え、竜をしとめた。オズマ姫とオズの国よ、永遠なれ。」
といいました。

終わり
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All of this was Greek to Ozma and the others (It's all Greek to me.それは私にはまったくちんぷんかんぷんだ Shakespeare 「ジュリアスシーザー」から)Greek=ちんぷんかんぷん
I prithee(= I pray you, please)願わくば
pasty どぶろく(どろどろした昔のお酒)

Chapter XXIV: Homeward Bound to the Emerald City

訳者あとがき

 オズの王室事典の訳をおえることができほっとしています。
 また、イラストを担当してくれる方があらわれました。出来上がりを楽しみにしていてください。
 オズを最初に発刊したとき、ボーム自身は、子供の本は心ゆくまで楽しいものであっていいと考えていました。最初に「オズの魔法使い」が刊行されてから110年がたっていますが、オズの虜になればなるほどますます第一巻の着眼に感嘆せずにはいられません。
 その後ミュージカルを愛していたボームは、最後まで心ときめくミュージカルを手放すことはありませんでした。また、その時その時でオズシリーズが経済的にもボームを救ってきました。そしてボームが亡くなってもなお『オズ』は成長しつづけていきます。
 ボームの後をついだトンプソン女史は『オズ』とともに成長してきた人間です。そしてトンプソン女史のつづるオズの15巻では、心を中心に物語が展開します。
 かかしは自分に無いものを求めるあまり、悩みのスパイラルいわばそこなし沼に足を踏み入れてしまいます。ドロシーの言葉も耳にはいりません。そして悩んだすえに欲しかった家系図や家族を手に入れはしたものの本当に欲しいものではなかったと後悔します。
 ドロシーは第一巻でみせたように『強い意志』の持ち主ですが、オズで何度も冒険をしたせいでしょうか。今回はどんな冒険も楽しんで、『かかしさんに会いたい』という望みをまたかなえてしまいます。
 『真の勇気』の持ち主臆病ライオンも大活躍です。臆病ライオンがすぐにびくびくする臆病なところはかわりませんが、自分にとって怖いことであってもしっかりと見据えて、人にいわれなくても必要な行動を必要な時におこす点に成長を感じ、何度もドロシーたちのピンチを救いました。
 そしてオズの王室事典ではかかしも成長します。感情に振り回されていたかかしは、本当の気持ちに気づき、今度は『手放す』ことを学びます。シルバー国の常識を手放し、家族に対する思いこみを手放し、地位を手放し、こうして自分のあるべき姿をしっかりと手にします。
 新たにオズの仲間にくわわったホークス卿は、いかなるときも『心を配る』ことを忘れません。ラクダたちも『気持ちのよい』『疑い深い』といろいろな性格があるものの、ひとたび仲間となればできるうる限りの協力をします。時に疑い深いヒトコブラクダの言葉は『恐怖』を常に口にし、他の人の心までも暗くしますが、それでもオズの仲間たちの心を鈍らすことはありませんでした。そして、疑い深いラクダもクッションやテント、敵が出てきたら短剣を差し出して協力します。
そして物語は当然のごとくハッピーエンドとなります。
 心をきめてものごとにとりかかり、自分を失わずに、勇気をもってことにかかれば、次第に不思議なことにみまわれて、どんどんハッピーエンドにむかっていくというのは、人生の流れにとても良く似ていると思うのです。
 第一巻で仲間だったブリキの木樵りがかかしと一緒に旅に出ていれば、マンチキンの川をなんなくわたり、シルバー王国でもオズを信じてもらえ、皇子たちの意地悪をはねかえしたかもしれませんが、はたしてそれでかかしの心はきっぱりシルバー国皇帝の座を放せたかどうかはわかりません。なぜならこれはかかし自身の問題で、どうありたいかという心の問題だからです。どんなに知恵があっても、それを使う心が決まらないと、望む方向にはすすまないのです。今回の冒険はあのときのかかしには『自分がどうありたいのか』を手に入れるために必要なことだったとおもうのです。
 この15巻を訳している間は、私自身もつくづく心について考える機会にめぐまれました。かかしとともに悩み、ともにハッピーエンドを迎えることができ、オズのもつエネルギーにおどろかされた次第です。『強く望み』『心』に方向をきき、『知恵』しぼり、はずかしくても『勇気』をもってやっていくといろいろな縁がやってきます。英語のできなかった私でも、オズの冒険を味わい、悩み、ドキドキしておおいに楽しみました。
 真留子さん、大学生のかなさん、英国紳士のジェームスさん、見ず知らずの人にもインターネットをとおしてさまざまなことをおききし心よく教えていただきました。感謝いたします。本当にありがとうございました。そして、出来上がるまえから応援してくれたしまちん、ありがとう。
 私自身もドロシーたちの成長とともに、冒険を楽しめるようになってきたのでしょうか。
そして私の次の冒険が、またはじまります。
(今度は『オズのカブンポー』です。)
 ちなみに、このあとホークス卿は24巻で道を探究する旅にでかけます。そこでは気持ちのよいラクダを探しに来たものが出てきます。
順次訳していきますので、楽しみにしていてください。

みなさんも冒険にでませんか。
冒険は必ずハッピーエンドが待っています。

Happy end をあなたに

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